2021年 10月 15日

大己貴神社2 福岡県朝倉郡筑前町弥永

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大己貴神社 由緒略記

 大己貴神社の歴史は古く、日本書紀(西暦七二〇年)を始めとする歴史書他多数に記載されています。
 その由緒の始まりは、第一四代仲哀天皇九年(西暦二〇〇年頃)とされています。
また九二七年制定の法令書『延喜式』卷十〔神名帳〕には筑前國の十一社のうちの一社に数えられ、他は現在の①宗像大社②織幡神社③筥崎宮④住吉神社⑤志賀海神社⑥志登神社⑦筑紫神社⑧竈門神社⑨麻手良布神社⑩美奈宜神社であり、古くより大変由緒のある神社であります。

西暦二〇〇年頃〔仲哀天皇九年〕神功皇后が、現在の朝倉市(秋月)野鳥のあたりで勢力を持っていた豪族「羽白熊鷲(はじろくまわし)」を征伐後、新羅討伐を起こすにあたり兵を募ったが集まらず困っていたところ、大神社”おおみわのやしろ”(または大三輪社と記載し)を建て、太刀や矛を奉納したところ、兵が集まったと『日本書紀』に記載されています。


 七二〇年        『日本書紀』完成。
 八〇六年(大同 元年)大和朝廷より、封戸(六十二戸)あり。
 八一一年(弘仁 二年)嵯峨天皇
一四七二年(文明 三年)土御門天皇 それぞれ勅願により、社殿再建される。
一五八七年(天正一五年)豊臣秀吉の島津討伐の折に兵火に遭い、社殿・宝物・勅書・社記・古文書など焼失する。
ご神体は仮殿に移される。
一六四五年(正保 二年)再建。
一六八七年(貞享 四年)再建。現在の本殿になる。江戸時代は藩主黒田氏の尊崇篤く、社領六石を与えられた。
一八九七年(明治二九年)縣社に列せらる。
一九五二年(昭和二七年)戦後の宗教法人法の制定により、宗教法人大己貴神社となる。


地域の方々から親しまれる『おんがさま』由緒
 当神社の古名『大神社』は”おおみわのやしろ”と読むのは難しく、地域の方々は当神社を漢字をそのままに”おおがみさま”と呼ばれるようになりました。
 地域の方々は『おんがさまに参ってこよう』『おんがさまで祭りがあるよ』といった具合に親しまれています。

諸行事
一月一日(元旦) 歳旦祭
二月十日(建国記念の日) 大国さま里帰り祭り
七月二十二日 夏越祭
十月二十三日 秋季大祭

大己貴神社リーフレットより



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公式HP:大己貴神社

More:Googleフォト 大己貴神社

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2021.09.25
福岡県朝倉郡筑前町弥永




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by sora07jp2000 | 2021-10-15 04:28 | 神社 | Comments(0)


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