2015年 11月 24日

乙金宝満神社 福岡県大野城市乙金

大野城市乙金。
乙金山の麓,九州自動車道の西。
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乙金宝満神社。
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乙金 宝満神社由来
赤司岩雄記
祭神
 玉依姫命
 神宮皇后
 八幡神(應神天皇)
鎮座
 文禄四年(一五九七)八月中村御陵の宝満宮から,当村御手洗の古宮の地に勧請し,元禄年間(一六八八〜一七〇四)に現在地に遷宮されたと伝える。中座に玉依姫命,左座に神功皇后,右座に八幡神(應神天皇)を祀る
御神格
 日本創生神話の中で,天孫邇芸命の御子彦火火出見命(山幸彦)は海神の宮に行き,海神豊玉彦の長女豊玉昆売命との婚姻により,生まれられたのが鵜葺草葺不合命である。
 当社の祭神玉依昆売命は豊玉昆売命の妹であり,後に鵜葺草葺不合命の妻となって,神倭伊波礼昆古命(神武天皇)をお産みになった。海神は海水の干満を自由にできる力があるということから,その娘玉依昆売命は竈門山(宝満山)の頂きに鎮座されて水分の神となり,この地方一帯の水を支配されたので,水田耕作農民に密接に結びつく守り神として尊崇られた。
 玉依姫の玉は神霊,依は神の憑り代の意で,神聖な女性を現す神名である。
 後に神功皇后と應神天皇を相殿に祀るが,その理由は,粕屋郡宇美において神功皇后が應神天皇をお産みになるとき,宝満山の益影の水を産湯とされたためであるという。
境内社
 八大龍王社
 観音堂
平成二年八月吉日奉納
境内掲示版

宮座の歴史
 元禄年中(約三〇〇年前)乙金宝満宮が現在の勝地(乙金古野八五四番地)に移る,その跡地を神田とし,産民十一家が交代で耕し毎年九月十九日,その田で稔った米を清酒にし神に捧げてお祭りしたと伝えられる。
(乙金邑宝満大神社記 髙原謙治郎翁記述より)
 その祭祀を現在も宮座として受け継ぎ,毎年十月第三日曜神殿に供物をし新藁にて注連縄を奉納してきた。
 ここに先人の遺徳を偲び乙金宝満宮に狛犬一対を奉納する。
 平成十年十二月吉日
宮座一同
狛犬基台銘文

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村社 寳滿神社 筑紫郡大野村大字乙金字古野
祭 神
 玉依姫命,誉田別尊,息長帯姫命
由 緒
 文禄四年乙未八月御笠郡中村より本村字御手洗舊古宮へ勧請,元禄年中同所より當社地へ移轉と言傳ふ。明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 舊暦九月十九日
主なる建造物
 本殿,拝殿
境内坪数
 四百三十五坪
氏子区域及戸数
 大字乙金區 戸数六十五戸
境内神社
 山神社(大山咋命)

福岡県神社誌 中巻


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福岡県大野城市乙金
November 03,2015

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2015-11-24 03:34 | 神社


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