2013年 07月 06日

日向神社 福岡県八女市黒木町

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日向神ダムから下りる。
いつも目にしていた大銀杏。
あ,鳥居があるやん。
寄ってんど。
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日向神社社歴
■祭神
天照皇大神 瓊瓊杵尊 木花開耶媛命
■創立
大同四年三月(西暦八〇九年 今から約一、一八〇年前)
万寿元年八月(西暦一、〇二四年)再建
文保元年二月(西暦一、三一七年)出火の為再建
杉、銀杏を植樹したといわれる。
寛文十三年八月(西暦一、六七三年)再建
文政十年(西暦一、八二七年)改築
明治四十三年(西暦一、九一〇年)改築
鳥居 安政元年十月(西暦一、八五四年)自然石で建立
■地名由来
天照皇大神の御母は日向の国(宮崎、高千穂)から神馬を駆りこの地に飛来された。
日向の神といわれるゆえんである。
又、この一帯は、深山、奇岩が多いので、神域といわれその名残を地名にとどめている。
■御手洗
日向の神御降臨の際、この神水にも似た湧水を御手洗にすすめたという。
■汐井川
日向神渓流の水を神々にすすめたという。
■神猿
神の使いの群猿は遠く三池の黒崎に至り潮水をくみ来り神々にすすめたという。
境内に三猿の像がある。
■松葉の森
木花開耶媛の陵(墓)という。
■空室
木花開耶媛の産所という。
■古敷岩屋
木花開耶媛の産衣(古敷)を納めたという。
■築足城
天授二年(西暦一、三六七年)懐良親王、五条頼治の城館で後に,築足弾定左衛門の居城となった。 古寺にあったという。
■神事
毎年七月豊作、無病息災を希う夏越しの祈願、十月には収穫と健康を感謝する御願成就、又、五年毎に風流を奉納するほか二十五年毎には御神紀の神事を行う。
昭和六三年秋吉日 一、一八〇年紀に氏子建立
*境内案内板

小さな神社だと思っていたが,天照皇大神飛来とは。
瓊瓊杵尊は天照皇大神の孫。
木花開耶媛命はその妻。
その産所と陵の伝説。

神話の記述
日向国に降臨した天照大神の孫・天孫ニニギノミコトと、笠沙の岬(他、宮崎県、鹿児島県内にも伝説地)で出逢い求婚される。父のオオヤマツミはそれを喜んで、姉のイワナガヒメと共に差し出したが、ニニギノミコトは醜いイワナガヒメを送り返し、コノハナノサクヤビメとだけ結婚した。オオヤマツミはこれを怒り「私が娘二人を一緒に差し上げたのはイワナガヒメを妻にすれば天津神の御子(ニニギノミコト)の命は岩のように永遠のものとなり、コノハナノサクヤビメを妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと誓約を立てたからである。コノハナノサクヤビメだけと結婚すれば、天津神の御子の命は木の花のようにはかなくなるだろう」と告げた。それでその子孫の天皇の寿命も神々ほどは長くないのである(天孫降臨を参照)。
コノハナノサクヤビメは一夜で身篭るが、ニニギは国津神の子ではないかと疑った。疑いを晴らすため、誓約をして産屋に入り、「天津神であるニニギの本当の子なら何があっても無事に産めるはず」と、産屋に火を放ってその中でホデリ(もしくはホアカリ)・ホスセリ・ホオリ(山幸彦、山稜は宮崎市村角町の高屋神社)の三柱の子を産んだ(火中出産を参照)。ホオリの孫が初代天皇の神武天皇(ヤマト・イワレヒコ)である。
Wikipedia.ja

産所の伝承地はいくつかある。
ここもまたその一つ。
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猿。
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猿。
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猿。
群猿が三池の黒崎まで行って潮水を汲んだというのが面白い…
そういえば,北九州市の一宮神社に神武天皇の磐境神籬があった。
地図で確かめたら黒崎のすぐ近く。
三池ではないけど。

◆一宮神社・皇后崎 北九州市八幡西区

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Panoramio 石津安信:航空写真 Explorer

福岡県八女市黒木町
May 12,2013

NIKON D3S


by sora07jp2000 | 2013-07-06 04:12 | 神社


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