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2014年 04月 19日

飛来神社 福岡県福岡市西区飯氏

老松神社から202号へ出て東。
周船寺西の交差点を南へ。
筑肥線越えて100m程で西へ。
飯氏の住宅街。
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飛来神社。
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御祭神,少彦名命。
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飛来神社由来記
一,鎮座地 福岡市博多区住吉3丁目(旧東堅粕)
一,御祭神 少彦名命
当飛来神社は,太古神皇産霊神の御子,少彦名命を御祭神とす。この御神は非常に短躯小身なるも,特に子供好きにて,手足の神様で国土経営に全力を尽くし畜産を起こし,医療且又農業を起し人民皆其の御神徳を仰ぐことふかし,往年この堅粕の地に温泉湧出せる側に御鎮座ありしを紀元1466年大51代平城天皇の大同元年令より凡そ1200年伝教大使博多津に御帰朝の際,薬師像を刻み東光院に安置するに及び当神社を村の入口現在の地に遷座せしと言い伝う。赫灼たる御神徳著しく衆庶の知る所なり。旧藩主黒岳も崇敬特に篤く,現在当吉塚の産土氏神として子供の神様,子授けの神様として益々子供擁護と強化の崇高なる御神徳を垂れ給う。


飛来神社
飛来神社由来記
一・鎮座地 福岡市博多区住吉三丁目(旧東堅粕)
一・御祭神 少彦名命(すくなびこなのみこと)
当飛来神社は,少彦名命を御祭神(ごさいじん・神社に祭られている神)とする。この御神は非常に短躯小身なるも,頭脳明晰で,特に子供好きにて,手足の神様として国づくりに全力を尽くし畜産を興し,医療,農業を興し,人々はその御神徳(ごじんとく・神の功徳)を深く尊敬しました。往年この堅粕の地に温泉湧出する側に御鎮座がありました。紀元一四六六年(西暦八〇六年)第五一代平城天皇(へいじょうてんのう)の大同元年令(だいどうがんねんれい)よりおよそ一二〇〇年伝教大師(でんぎょうだいし・最澄の諡号)が博多津に御帰朝の際,薬師像を刻み東光院(仏教寺院)に安置するに及び当神社を村の入口,現在地に遷座(せんざ)したと言い伝えられています。それからは赫灼(かくしゃく)たる御神徳を著しく人びとの知る所なりました。旧藩主黒田家も崇拝に篤く,現在当吉塚の産土氏神として子どむの神様として益々子供擁護の教化(きょうか・人を導き,また道徳的,思想的な影響を与えて望ましい方向に進ませる)の崇高なる御神徳を祈願する人びとが絶えません。お飛来さまは子どもが大好きで,子どもたちが御神体(ごしんたい・祭祀の対称・中心となる存在)の神像(しんぞう・彫像)で遊ぶと喜ばれるといわれています。また,少彦名命は手足が不自由だといわれ,人びとは手足の痛みが治るよう祈願し,お札には手形足形を奉納しました。

祭日
正月大祭(一月一日より五日まで)
月並祭(毎月五日)
初老還暦厄払(四月二十八日)
春季大祭(五月三日より五日まで)
子供山笠(七月末)
七五三(十一月十五日)

境内掲示由緒
※以上は福岡市博多区吉塚(東堅粕)の飛来神社のものと思われます。
 由来にある住所「住吉3丁目」には飛来神社は見あたりません。住吉神社境内社として「少彦名命神社」があります。

飛来神社 少彦名命 大字堅粕字辻

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Panoramio 石津安信:航空写真



福岡県福岡市西区飯氏
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-19 03:08 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 16日

十六天神社 福岡県福岡市西区太郎丸

五道神社から北へ。
瑞梅寺川渡って直進。
開けた田園地帯,すぐに西へ。
福岡市西区太郎丸。
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十六天神社。
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蔓延(万延)元年庚申の銘。
1860年。
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間違いなく十六天神社。
しかし,糸島郡誌にも,福岡県神社誌にも,太郎丸には「十六天神社」が見あたらない。
あれこれ調べてみたが,よく分からない。
ただ,明治期に「十六天神」の社名を変えさせられた神社がいくつかあった様子。
で,ここは両誌にある「村社 太郎丸神社」ではないかと思う。

村社 太郎丸神社
大字太郎丸字久保にあり。祭神瓊々杵尊,伊弉諾命,伊弉册命,相殿に埴安命を祀る。祭日十月二十五日。昔高田の民此地に移住せし時郷里の祭神を勧請すといふ。

村社 太郎丸神社 糸島郡元岡村大字太郎丸字久保
祭 神
伊弉諾命,瓊々杵命,伊弉册命,埴安命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
九月二十五日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿
境内坪数
三百二十坪
氏子区域及戸数
大字太郎丸区の一部 四十戸
境内神社
市杵島神社

糸島には幾つか「十六天子社」「天子社」があり,
それらは細石神社を囲んでいるという。
興味津々。

社名を変更させられていた理由が知りたい。
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市杵島社だろう。
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西向きの参道。
わずかに南に寄っている。
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社地北の山々。
南を撮っとかないかんかった。

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福岡県福岡市西区太郎丸
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-16 05:57 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 15日

五道神社 福岡県福岡市西区

整然と整った富士見の街並み。
その北部。
川手前の昔からの集落の入口。
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五道神社。
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参道が南から東へ直角に折れている。
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追い被さるクス。
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御祭神,大己貴命。
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ヤマモモ。
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戦中は田尻の天降神社の御祭神も合祀されていた。
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五道神社
御祭神 大己貴命
この神様は,この地に大国主命や大国様など四十二ものご神名をお持ちで,御神徳は広く,縁結び・家内円満・交通安全特に農耕祖神(たづくりのおやがみ)として知られている。
創建の年月は不詳だが無長きの最も古いものは,元文五年七月(一七四〇年)とあり,それ以前に上川原集落が誕生し,守護神として祭るようになったと思われる。この神社の氏子は,泉・太郎丸川・上川原の広い地域に及んでいる。
祭典・行事
 一月一日     新年祭
 一月十五日    初籠り厄除祈願
 四月十三日    春祭(お神楽)
 六月末日の日曜日 夏祭り(お潮井とり)
 十月一三日    秋祭・例祭(※)
社頭掲示由緒
※記録し損ねました。

五道天神社 大字田尻字上川原にあり。祭神大己貴命。祭日十月二十八日。初は周船寺小川の側なる五道の森にありしと。

五道神社 大己貴命 元岡村大字田尻字上川原


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福岡県福岡市西区富士見
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-15 05:02 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 15日

天降神社 福岡県福岡市西区田尻

202号から北へ。
田尻の田園地帯。
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天降神社。
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大正3年の狛犬。
「石工 加布里港 永石春吉」の銘。

この狛犬は大坂、泉州浪速型狛犬の要素が見えます。石質は和泉砂岩にも見えますが・・尾の形や狛犬の姿勢が浪速型とは違います。ただ、近くの古い浪速型を模して作られた地元石工作凝灰質砂岩製狛犬です


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御祭神,瓊瓊岐命。
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庚申社,祇園社。
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大神宮,宇気宮。
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天降神社(アマオリジンジャ) 御祭神 瓊瓊岐命
 末社 皇大神宮 八坂神社 宇気神社 庚申社
一,由緒
創建年代ハ不詳ナルモ棟書ニハ明暦元年(西暦一六五五年)大庄屋三苫九郎左エ門久宣再興トアル
其後数回ノ改築ヲ経テ現在ノ拝殿ハ明治一四年ニ建替ラン本殿ハ明治四十五年ニ改築シテイタ
然ルニ当地周辺ハ大東亜戦争ノ末期海軍航空隊ノ基地トナリ社殿ハ昭和二十年六月ニ解体サレ御神霊ハ上川原ノ五道神社ニ合祀サレタ終戦ニ至リ昭和二十一年春□□通リ再建シ平成二年十一月ニ大嘗祭ニ反対スル過激派集団ニ依リ放火サレ本殿ノ一部ヲ焼失シタ神社本庁ヲ始メ各方面ノ復興資金ノ奉賛ト氏子ノ赤誠ニ依ッテ平成四年三月ニ再建サレ今日ニ至ル
一,祭典行事
 一月一日 新年祭
 一月十五日祈願塞
 四月二十九日新年祭
 六月下旬 夏祭 千度汐井
 十月十五日 例祭
 十一月十五日 七五三祭
 十二月十五日 感謝祭
月次祭
 二月十五日 三月十五日 五月十五日 六月十五日 八月一日 九月十五日 十一月十五日
氏子中
社前掲示由緒書

本社ハ天孫瓊々杵尊ヲ祀リ古来本村町石崎今出氏神トシテ崇敬サレテキタ社殿ハ明暦元年(西暦一六五五年)大庄屋三苫九郎左右ヱ門尉久宣ニヨリ再建サレテイタガ明治中末期更ニ現在ノ荘厳ナル様式ニ改築サレタ 大東亜戦争末期当処ニ海軍福岡航空隊設置サレ航空機ノ発着支障ノ為ニ社殿ハ解体サレ御神霊ハ五道神社ニ合祀サレシモ終戦トトモニ御還幸アリ復興シテ本日ニ及ンデイル
昭和三十九年十月建立 三苫政雄
社前石碑碑文

村社天降神社
幣帛料供進指定社。大字田尻字荻浦にあり。祭神瓊々杵尊。祭日十月十五日。農民三苫氏創建。創建年代不詳。区の南に天神免と云ふあり古の神田なるべし。
境内神社三,須賀神社,八幡宮,稲荷神社。

村社 天降神社 糸島郡元岡村大字田尻字荻浦
祭 神
瓊々岐尊
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
十月十五日
神饌幣帛料供進指定
大正十三年五月五日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿,社務所,神饌所
境内坪数
四百五十六坪
氏子区域及戸数
大字田尻,大字今出,一円百二十五戸
境内神社
 皇大神宮
 八坂神社
 宇気神社
 庚申神社


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福岡県福岡市西区田尻
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-15 04:03 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 14日

飯石神社 福岡県福岡市西区飯氏

南へ。
福岡前原道路くぐって飯氏の集落。
古くからの山村の風情。
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平成8年生まれ。

花崗岩で作られた石造物が多い神社です。地域全体にいえることなのですが、下関や山陽方面の花崗岩と見受けました。ただ、狛犬は花崗岩製ですが、中国産花崗岩かもしれません。近年と言うかここ数十年一気に増えました岡崎型狛犬です

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本殿は石祠。
御祭神,御食入沼命(ごしょくいりぬまのみこと)。
玉依姫の子,神武天皇の兄。

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クスノキ。

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クロガネモチ。

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左ムクノキ。
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イチョウ。
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ムクノキ。
もうすぐ葉が茂り,緑陰を作るのだろう。
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クス。

飯石神社由来案内

俗に三郎天神と称す。大屋敷にあり(大園)
祭神は御食入沼命(ごしょくいりぬまのみこと),玉依姫の子で神武天皇の兄に当たる。筑前ではめずらしい神社である。(恰土志摩郷土記より)
祭日は,九月二十五日,現在では,新暦四月春祭(春籠)・七月夏祭(千度潮井夏籠)・十月秋祭(五穀豊穣奉納)に祭典を行う。
続風土記には,産神(三郎天子社)蛭児命・素蓋雄尊・月読尊・を祭る。鎮座の始詳ならず。平安初期陽成天皇,正暦八七七年元慶元年九月二十五日御神事が行われた。
登石に天保九年戌冬吉日,鳥居は,天保十五年申辰二月建立とある。
拝殿横には古井戸があり,現在枯水の為聖地井戸跡地が残っている。
境内の敷地は約千坪,樹木が多数ある。 以前黒松大巨木二本,大喬木センダン二本ありしが枯死伐木せり。又,福岡市指定保存樹十五本ある。神社横に保存樹木案内あり。
飯氏町内
氏子

社頭掲示由来

村社飯石神社
大字飯氏字大屋敷にあり。祭神御食入沼命。世俗に三郎天神と称す。祭日九月二十五日

村社 飯石神社 糸島郡周船寺村大字飯氏字大屋敷
祭 神
御食入沼命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。明治十二年春本社石神殿再建。
例祭日
九月二十五日
主なる建造物
神殿,弊殿,拝殿,社務所
境内坪数
七百五十坪
氏子区域及戸数
飯氏部落 七十戸

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福岡県福岡市西区飯氏
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-14 04:50 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 14日

塞神社 福岡県福岡市西区周船寺

伊覩神社から東へ。
200mほど行って筑肥線渡ってすぐ南。
丘陵地。
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塞神社。
五十迹手が仲哀天皇を迎える船を出した所。

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御祭神, 八衢彦神, 八衢比売神,久那斗神。

いずれも岐の神(ふなどのかみ)。
疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神である。
道祖神、塞の神(さえのかみ)とも。
Wikipedia.ja

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ん?
あれ?

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ここ,以前にも来たことがあった。
来た方向と,陽射しが違うので全く印象がちがっていた。
(^^;

◆丸隈山古墳・龍松寺・妙正寺・塞神社

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クロガネモチ

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塞神社
大字周船寺字ヤマサキに在り。祭神八衢彦神,八衢比売神,久那斗神,祭日旧八月一日なり。此社地は往古怡土県主の祖五十迹手が仲哀天皇奉迎の船を出せし所と云い伝ふ。

塞神社 八衢比古神,八衢比売神,久那斗神 周船寺村大字周船寺字山サキ

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福岡県福岡市西区周船寺
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-14 04:17 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 13日

伊覩神社 福岡県福岡市西区周船寺

唐津街道202号から南,
川沿いに住宅街へ。
突き当たって西,到着。
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伊覩神社。
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明るい境内。
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笑顔の狛犬,明治43年生まれ。

この狛犬は浪速型を模した地元石工作安山岩もしくは凝灰質砂岩製狛犬と見受けました。台座は花崗岩ですが、狛犬は石材が違うようです。尾の形が浪速の団扇尾に似ていますが、この地域独特のものです!

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御祭神,瓊瓊杵尊,木花開耶姫尊,伊覩県主命。
瓊瓊杵尊,木花開耶姫尊は夫婦神。

ひもろぎ逍遙さんによると,セットで祀られているのは伊覩神社だけ。
伊覩県主命は江戸期に配祀。

ひもろぎ逍遙:糸島 国津神と天津神の戦いと融合

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宮地岳神社。
御祭神,勝門姫命,安部高丸神霊,安部助丸神霊
勝門姫命は神功皇后のことだろうか,調べたがよう分からん。

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金昆羅神社。
御祭神,大物主命,崇徳天皇,須世里姫命。

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塞神社,丸隈山古墳はこのすぐ先。

伊覩神社     夢筆
御祭神
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
高天が原より,地上の日向の高千穂の峰に天降り豊葦原の水穂の国(日本)を治められた神様です。
木花開耶姫尊(このはなさくやひめのみこと)
瓊瓊杵尊と,ご結婚なされて海幸彦,山幸彦等三人のお方の母神様で神武天皇のお祖母にあたられます。
伊覩県主命(いとあがたぬしのみこと)
紀元八百五十年頃(今より約千八百年前)仲哀天皇並びに神功皇后に仕え伊覩の国の県主(古墳時代の地方長官)でこの神社の東,四百米右側の小高い丸隈山古墳が,この県主命の墓と言われています。
御神徳
子孫繁栄と延命,縁結び,安産,交通安全
祭典行事  毎月十八日
拝殿掲示由緒

村社 伊覩神社
大字周船寺字やしきの坪に在り。古は主船司神社と称し,後里人単に松の木天神社と称せり。元来瓊々杵尊木花咲耶姫命の二神を祀りしに,後世伊覩県主を配祀せしにより社名を伊覩神社と改称せり,蓋し垂仁天皇の時天の日桙伊覩の地に渡来し,その子孫此の地方に留まりて県主となる。伊覩県主の代数詳ならず。又その居所も一定せず,時によりて居所をかへたるならん。当時怡土と志摩とは海を以て隔てたり周船寺は海浜にて怡土の良港なりしと思はる。
日本書紀に 仲哀天皇八年春正月巳卯朔壬午幸筑紫云々 伊覩県主祖五十迹手聞天皇行抜取五百枝賢木立千舟舳艫,上枝掛八尺瓊,中枝掛白銅鏡,下枝掛十握剣,参迎于穴門引島而献之,因以奏曰,臣敢所以献是物者,天皇如八尺瓊之勾,以曲妙御宇,且如白銅鏡,以分明看行山川海原,乃堤是十握剣平天下矣,天皇即美五十迹手曰伊蘇志云々………
五十迹手の舟出せしは周船寺の東方なる山サキよりせしと言い伝う。
県主の盛なる時代はすでに社名は不明なるも神社は祀られしものならん。太宰府の設けられし後,所々の要港に船舶を司る役所を設け主船司と称ふ周船寺もその一にて主舟司ありし所ならん。その当時は当社を主船司神社と称せしか,今尚周船寺の旧家に「主船司神社」と刻せる古き神額あり。同社の祠側に古松二株ありき。何れも二囲以上の大木なりしを以て後世は単に「松の木天神社」と称するに至れり。伊覩神社と改称せしは大凡百余年前以降なるが如し。古松の一株は明治十四年春正月社祠の隣地なる学校校舎火災に罹り火燼古松の窟に延焼し,為に樹幹漸く衰え遂に明治三十五年枯損せり。今は両株共亡し。

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村社伊覩神社

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周船寺村主船司神社古額
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伊覩県主五十迹手船出の所

村社 伊覩神社 糸島郡周船寺村大字周船寺字ヤシキ坪
祭 神
木花咲耶姫命,邇々藝命,伊覩縣主命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
社説に曰く,創立の時代不詳,古は主船司神社と称せりし事あり,後世里人単に松の木天神社とも称せり。元来瓊瓊杵尊,木花咲耶姫命を祀りありしに,後世徳川時代の中頃伊覩縣主を配祀せしにより社名を伊覩神社と改称す。
日本書紀に見えたる伊覩縣主五十迹手の仲哀天皇御奉迎の船出せし所は,周船寺の東方神社より約五町隔たりたる山さきよりせしと云伝ふ。山さきには現在無格社塞神社あり。
例祭日
十月十八日
神饌幣帛料供進指定
昭和三年十一月九日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿,社務所
境内坪数
三百三坪
氏子区域及戸数
周船寺部落 二百戸
境内神社 金刀比羅宮(大物主命,崇徳天皇,須世里姫命)
宮地岳神社(勝門姫命,安部高丸神霊,安部助丸神霊)


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福岡県福岡市西区周船寺
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-13 06:06 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 10日

二宮神社 福岡県福岡市西区今宿

唐津街道へ出て西へ。
牧のうどん今宿店過ぎて右斜めに住宅街へ。
到着。
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二宮神社。
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社地後方は海が広がっている。
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光溢れる長閑な境内。
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拝殿向こうは能古島。
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昭和5年生まれ。
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御祭神,天穂日命,埴安命,大田命,事代主命。

※社頭掲示由緒

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左から今津の浜崎山,志賀島,能古島。
もっと海側へ。
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二宮神社
  福岡市西区今宿一丁目十番
  古地名糸島郡今宿村大字谷字松原

略縁起
・昔,五郎江南崎と云う処(現在の今宿小学校の辺)に鎮座
・正徳年中( 一,七一一〜一七一五)に此処松原に遷座される
・祭日(十月二十二日)には流鏑馬が行われた
・昭和五年村社に昇格
・昭和四十四年本殿改築
同年境内神社の恵比須神社(事代主神)を本殿に合祀

伝統行事
  一月三日 恵比須大祭 子ども玉せり
  七月二十九日 夏越祭(輪越)御輿 子供・大人二基別走

平成十六年(二,〇〇四)七月記 二宮神社 宮総代
社頭掲示由緒

二宮神社
祭神
天穂日命 治国平安 生産豊穣
埴安命  生産豊穣 災禍厄除
大田命 疫病厄除 子孫繁栄
事代主命 福徳開運商売繁盛
祭日
一月元旦 元始祭
一月三日 恵比須大祭・玉競
四月二十九日 春祭・祈年祭
七月二十九日 夏越祭
十月二十二日 例大祭・秋祭
十一月二十三日 新嘗祭
十二月三十一日 大祓祭
社頭掲示由緒

二宮神社
大字谷字松原にあり。祭神天穂日命,埴安命,大田神。正徳年中今宿松原に創祀す。祭日には流鏑馬を行ふ。昔は五郎江南崎にありしを享保の初年此處に遷せり。祭日十月十二日。

村社 二宮神社 糸島郡今宿村大字谷字松原
祭 神
天穂日神,埴安神,大田神
由 緒
正徳年中当村松原に鎮座。往昔五郎江南崎と云ふ處に鎮座の由,右旧跡の辺り田園と成れり,今纔かに社森存す。
昭和五年三月二十二日村社に列せられる。
例祭日
十月二十二日
神饌幣帛料供進指定
昭和五年五月二十日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿,絵馬殿,社務所
境内坪数
七百五十坪
氏子区域及戸数
今宿村大字谷字及び大字青木の一部 戸数三百戸
境内神社
恵比須神社(事代主神)


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福岡県福岡市西区今宿
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-10 06:05 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 09日

埴安神社 福岡県福岡市西区今宿町

今宿大塚交差点から住宅街に入ってすぐ。
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埴安神社。
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御祭神,埴安神,天穂日神,太田神

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クロガネモチ。
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タブノキ。
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顕霊神社。
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埴安神社
一.御祭神
埴安神
天穂日神
太田神
一.祭儀
一月三日 新年祭
七月上旬 夏越祭
十月三日 例祭
十一月下旬 神待行事

 神社創建の時期は不明ですが,文化九年(一八一二)の記録には,谷村の項に「埴安命大神 本村谷ニ在 社五尺四方瓦 拝殿ナシ」とあります。
  谷村周辺には,今宿五郎江遺跡(弥生時代の環濠集落),大塚古墳(前方後円墳),相原古墳群(小型円墳の群集墳),新貝窯跡(古墳時代の窯跡)など弥生時代から古墳時代にかけての遺跡が多くあります。
 このことは,谷村そのものの歴史の古さを物語るものでもあります。
 また,埴安神社の主祭神である埴安神の「埴」とは粘土のことで,埴安神は窯業(焼き物作り)と関係の深い神様だといわれています。
 このことから,当神社の創建は,須恵器作りの窯である新貝窯の開始と深く関わっているのではないかと思われます。
 今宿地区(唐津街道の宿場町今宿は,谷村の枝村として誕生)の歴史を見るうえにおいても,埴安神社の存在の意義は重要だと思われます。

 境内社
顕霊神社
一.御祭神
麗山祇神
保食神
大山祇神
一.祭儀 十月三日
当社は字谷上に祭祀していましたが,昭和四十四年六月一日現在地に遷座しました。

境内掲示由緒

埴安神社
大字谷字谷下にあり。祭神埴安神,天穂日命,大田神。
祭日九月二十二日。

埴安神社 天穂日神,埴安神,太田神 今宿村大字谷字谷

福岡市の文化財:福岡市西区の古墳,古墳群

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福岡県福岡市西区今宿町
March 23,2014

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by sora07jp2000 | 2014-04-09 04:57 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 08日

八雲神社 福岡県福岡市西区今宿上ノ原

糸島巡り。
まずは今宿。
今は福岡市に組み入れられているが,旧糸島郡今宿町。
上ノ原(かみのはる)地区。
集落の外れ,叶岳から流れる七寺川の側。
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八雲(やぐも)神社。
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拝殿。
注連縄の上に彫像。
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力士だろうか。
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御祭神, 素盞嗚命,櫛稲田姫命,大己貴命
※境内掲示由緒
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本殿。
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一の宮神社。
明治42年に大字青木にあったものを合祀。
祭神,鸕鷀草葺不合尊,玉依姫命,豊玉姫命,大山積神,木花咲耶姫神。

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左,ムクノキ,右,ホルトノキ
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クス!
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青木 上ノ原の祭神 八雲(やぐも)神社概説板
八雲神社 福岡市西区今宿上ノ原久保ノ上四一六番地鎮座
一,祭神
素盞嗚命(すさのおのみこと)(天照大神(あまれらすおおかみ)の弟神)
櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)(素盞嗚命の妻神)
大己貴命(おおあなむちのみこと)(大国主命の別名で素盞嗚命のお子神)
右の三柱の神が出雲の国を開拓され産業を始め悪魔退治と当時疫病流行を治癒された大変功績のある神々である(明治五年十一月三日村社に定められ、昭和四年五月十八日神饌幣帛料供進指定の記録がある)
境内神社
疫(えき)神社 少彦名命を祭り少彦名社とも称す医薬の神 醸酒の神
天滿宮 菅原道真を祭る,学業の神
祭日
元旦祭 一月一日(青木獅子舞奉納)
春祭 四月十九日(ご穀豊穣祈願祭)
夏越祭 七月十四日(疫病退散祈願祭)
例大祭 十月十九日(ご穀豊穣感謝祭)
大注連(おおしめ) 十月一日(青木・上ノ原でその年の新稲のわらを以て作った大注連を参道の南北に奉懸する,田植後の吉日を選んで千度潮井の行事もある)
平成九年四月十九日 上ノ原・青木氏子中
境内掲示概説板

八雲神社(やぐもじんじゃ)
 この神社は,青木・上の原(うえのはる)の産土神(うぶすながみ)として祭祀されています。
 当初は堀の内(ほりのうち),北の谷(きたのたに)山中に祀られていましたが,焼失したため,元和2年(1616年)に建て替えられ,その後再び明治15年に当地に移されました。
 黒田四代藩主綱政(つなまさ)が元禄14年(1701年)に奉納した,若武者騎乗図の絵馬は狩野昌運(かのうしょううん)の作で,福岡市文化財に指定され,市の博物館に保管されています。
 また,五穀豊穣を願って行われる今宿青木獅子舞(福岡市無形民俗文化財)は,元旦に境内で奉納されます。
平成13年三月
西区役所
境内掲示板

村社八雲神社
大字上原字大神にあり。
祭神住吉三柱神,稲田姫命,素盞嗚命,大己貴神,天照皇大神。
崇神天皇三十八年字堀の内北の谷山中に鎮座の由云い伝う。元和二年丙辰炎上せしを以て今の宮地大園に遷祀す。
祭日 六月十五日 九月十七日。
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崇神天皇三十八年=紀元前60年 ※上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧 
Wikipedia.ja

村社 八雲神社 糸島郡今宿村大字上原字天神
祭神
素盞嗚命,櫛稲田姫命,大己貴命,鸕鷀草葺不合尊,玉依姫命,豊玉姫命,大山積神,木花咲耶姫神,埴安神
由緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。祭神,鸕鷀草葺不合尊,玉依姫命,豊玉姫命,大山積神,木花咲耶姫神の御祭神は大字青木に一の宮神社として又埴安神は大字青木に千地泉天神社として又埴安神は大字青木に二宮神社として祭祀ありしを明治四十二年四月二十六日合祀許可。
字小濱無格社天神社として祭祀ありしを明治四十五年二月二日合祀許可祭神埴安神にて同一祭神に付合併と同時に合霊せり。
例祭日
七月十五日
神饌幣帛料供進指定
昭和四年五月十八日
主なる建造物
神殿,弊殿,拝所,通夜所,社務所
主なる宝物
黒田綱政公御寄付絵馬一,(狩野昌運筆)
境内坪数
三百坪
氏子区域及戸数
今宿村大字上原及び青木の一部,戸数百七十戸
境内神社
少彦名社(少彦名神,大己貴神)
天満宮(菅原道真)



ひもろぎ逍遙:さくやひめの里

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福岡県福岡市西区今宿
March 23,2014

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2014-04-08 06:01 | 神社 | Trackback | Comments(0)