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2016年 11月 09日

那珂八幡宮 福岡県福岡市博多区那珂

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那珂八幡宮縁起
祭 神
八幡神(誉田別(ホムタワケ)尊=応神天皇)
神功皇后(気長足姫(オキナガタラシヒメ)尊=応神天皇の母)
玉依姫(竈門(カマト)神=神武天皇の母)

八幡神は、欽明天皇三十二年(西暦五七一年)宇佐の御許山(オモトヤマ)に出現し、そのあと菱形山の現在地に祀った宇佐神宮が根本である。
八幡信仰は、天平時代(八世紀半ば)から王城鎮護の神の信仰としてはじまり。鎌倉幕府の開府以後(十二世紀末)からは武神として崇められ、武士団の全国浸透につれて八幡神が各地に勧請(カンジョウ)され、土地の産神(ウブスナガミ)として祀られるようになった。
神社の西麓には元宮と称するところがあるが、那珂八幡宮の祭祀のはじめはわからない。
いま、この祭地は、昭和六十年三月から七月にかけての調査で、全長七十五米、後円部直径約四十七米の、四世紀前半に築かれた九州では最古式の前方後円墳の墳頂にあることが確認された。
福岡平野では最大級といわれる古墳の主体部は、社殿の下にあるため構造は不明であるが、主体部の北側より出土した木棺墓からは青銅製の三角縁神獣鏡一面、硬玉製勾玉(マガタマ)一個、碧玉製管玉二個、ガラス製小玉一個が出土した。
その他の出土物には銅戈(ドウカ)鋳型片(弥生中期)、弥生時代尾土器や鎌倉時代の土師(ハヂ)皿、石鍋などがある。

那珂八幡宮の大祭
春の大祭 四月十五日
秋の大祭 十月十五日
社前掲示版

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武内大神

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那珂八幡宮縁起
祭 神
史跡 那珂八幡古墳
市指定 平成4年3月23日
 那珂八幡古墳は、那珂から比恵にかけての広大な台地上にあり福岡平野の前方後円墳の那珂で最も古い古墳である。
 古墳の大きさは推定全長85m、後円部の直径約50m、後円部の高さ15mである。
 後円部の埋葬施設が割竹形木棺(わりたけがたもっかん)であり、その中に埋葬された三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)などの出土遺物から、この古墳は福岡平野の最古の首長墓(4世紀はじめ)と考えられる。

一、許可なくして史跡指定地域内を発掘ならびに破壊しないこと。
二、許可なくして樹木の伐採をしないこと。
三、その他、史跡指定地域内の現状を変更する一切の行為は、文化財保護条例による許可を要します。

みんなの文化財を大切にしましょう。
平成6年3月
福岡市教育委員会
境内掲示版

村社 八幡宮 筑紫郡那珂町大字仲字巣山
祭 神
応神天皇。神功皇后、玉依姫命
由 緒
不詳、明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
十月十五日
神饌幣帛料供進指定
大正三年五月七日
主なる建造物
本殿、渡殿、拝殿、社務所
境内坪数
二百五十五坪
氏子区域及戸数
大字那珂 参百戸

福岡県神社誌 中巻





福岡県福岡市博多区那珂
October 07,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-11-09 03:32 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 01月 28日

横山神社 福岡県福岡市早良区脇山


福岡市早良区脇山。
油山の南の麓。
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横山神社。
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横山神社
祭 神
奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)
市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)
多岐津比売命(たぎつひめのみこと)

年間行事
一,一月吉日 正月祭
一,八月一日 夏越し祭
一,十月九日 おくんち祭(長寿祈願)
一,十二月三十一日 大晦日

横山三社宮由緒
日本書紀(奈良時代)に,神功皇后新羅の航路を知るため背振山に登られ,小山田邑(脇山)に竹内宿称に命じて斎宮を造らせ,天神地祇を祭り自ら神主となり神教を祈祷,七月七夜の未神が皇后に新教があった。
皇后は神教に従って神々のご援助で新羅王は無血征服,天地のある限り貢すると約束をした。
皇后は新羅王城の門前に持っていられた槍を印に立て,帰国されて二〇一年都に帰られ,二〇二年に斎宮の跡(主基斎田勅定の地)に神社を建立された。
この偉大な神社を,背振神社という,
横山郷八ヶ村百七十町を授けられ,正六位上貞観元年(西暦八五九年)熊野の比兵尼,熊野三神の分霊を祀られた。
貞観十二年(西暦八九〇年)従五位下に昇授,神功皇后筑前に建立七社の随一であった。
長い年月の間には,盛衰があって,天授元年(西暦一三七五年)背振戦争の兵火等で焼失,
慶長四年(西暦一五九九年)小早川秀秋の時,神領もことごとく没収,神社は消滅状態となった。
現産子中で安永八年(西暦一七七九年)己亥現神殿を新築現地に遷座,社名を横山三社宮と改名された。
昭和三年(西暦一九二八年)
主基斎田守護神大鏡福岡県から奉納

平成十六年三月吉日 氏子総代会
境内掲示版

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左,大山積神社,右,天満宮。
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中央,八幡宮,右,宮地嶽神社。
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横山神社(横山三社宮)福岡市早良区脇山
古くから背振山の三神が勧請されたので,江戸時代には横山三社宮,横山三社権現と呼ばれました。ここは,中世以前の東門寺領を管理する。役所があったともいわれています。また「横山」という呼び名は,戦国時代の古文書にみることができます。江戸時代中ごろにも,「脇山郷」は「横山郷」あるいは「横山八か村」ともよばれており,写真にある鳥居の銘文からも,この神社が脇山を中心とした村人達の信仰を集めたことがわかります。
境内掲示物

村社 横山神社 早良郡脇山村大字脇山字大門
祭 神
田心姫命,湍津姫命,市杵島姫命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 十月九日
神饌幣帛料供進指定
 昭和三年五月十五日
主なる建造物
 神殿,弊殿,拝殿,繪馬殿,通夜堂
境内坪数
 八百坪
氏子区域及戸数
 大字脇山の全部
 二百二十五戸
境内神社
 八幡宮
 菅原神社
 大山積神社

一の鳥居:「起源二千五百五十六年」「横山神社」「維時明治廿九年九月建立 産子中」
二の鳥居:「安永十辛丑三月吉辰 馬男木總次郎秀明」「横山三社宮」「奉寄進 總産子中」
三の鳥居:「明治三十三年四月今(令?)辰」「三社宮」「再建 野田中」
安永十年=1781年

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福岡県福岡市早良区脇山
December 25,2015

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by sora07jp2000 | 2016-01-28 03:44 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 01月 21日

大山祇神社 福岡県福岡市早良区小笠木

早良区小笠木,小笠木川の畔。
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村社 大山積神社 早良郡脇山村大字小笠木字栗原
祭 神
 大山津見命,岩永姫命,五穀三神
由 緒
 不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 十月九日
境内坪数
 九百六十九坪
氏子区域及戸数
 小笠木區 戸数三十五戸
末 社
 菅原神社

福岡県神社誌 中巻

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福岡県福岡市早良区小笠木
December 25,2015

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by sora07jp2000 | 2016-01-21 05:10 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 11月 14日

◆聖福寺 福岡県福岡市博多区

福岡市博多区。
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鐘楼
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山門

建久6年(1195年)に日本の臨済宗開祖の栄西が南宋より帰国後に、
宋の人が建立した博多の百堂の跡に寺院を創建した。こ
れが日本最初の本格的な禅寺であり、禅道場である。

Wikipedia.ja

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仏殿

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庫裡
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聖福寺 公式HP

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福岡県福岡市博多区御供所
October 25,2015

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by sora07jp2000 | 2015-11-14 04:12 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 28日

宝満宮 福岡県福岡市博多区金の隈

博多区金の隈。
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宝満宮
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寳滿宮
御祭神
 應神天皇 玉依姫命 菅原神
 神功皇后 伊弉冉命 嶌田忠臣
由緒
 昭和十四年六月廿九日 神饌幣帛料供進指定
例祭
十月十日昔は陰暦十月十日に行う
明治五年十一月三日 村社に定めらる。
伊弉冉命は字隈下に無格社熊野神社として菅原神嶌田忠臣は字ヤグラ無格社菅原神社仝老松神社としてありしを大正三年七月六日 許可を得て合祀せり
境内末社
 秋葉神社 由緒不詳
祭神火産霊神
 境内設置由緒碑

由来
筑紫郡瀬北村大字金隈字隈ノ下に鎮座す 村社宝満宮は應神天皇玉依姫命神功皇后を祀り 鎮座の由来不明に属するも神域に於いて久しき奉祀たるは知り得べし 今の神社は宝暦三年の建築に係り 境内二百十坪ありて境内神社に秋葉神社あり
火産霊命を祀れり明治五年十一月三日村社に定められ例祭す 克当部落に鏡石あり横三尺 長五尺にして元禄四年三月樵夫の発見せしものにかゝり海上を行く舟の帆かげさえも石面に映りしという 近古野火のため石面焦がれしかば影をうつさずとあり又隈の山に古塚あり里人之之を発して刀剣の折たるものを取りしかば村中に疫痢流行せり依りて刀剣を本の如く埋みて小祠を建て熊野社と稱すといふ此等地野志に記すは重なる処の氏神は即ち氏子氏子は即ち土地に関係浅からずのことなれば俄に記して後日の参照とす
明治四十二年十月十一日
筑紫郡神社調査会
事務委員 古川勝隆
委員 大長七人
佐伯 昌芫
上野 繁雄
鶴崎 登
社学 味酒安隆
村長 光安国松
区長 小方寅吉
氏子総代

右宝満宮平成十七年三月二十日の玄海西方沖地震で損傷大,又白蟻の被害もあり,解体新築す
平成二十四年六月二十日完成
※以下略
拝殿内掲示由来

村社 寳滿宮 福岡市大字金隈字隈の下
祭 神
應神天皇,玉依姫命,伊弉册命,神功皇后,菅原神,島田忠臣
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
伊弉册命は字熊下に無格社熊野神社として,菅原神,島田忠臣は字やくらに無格社菅原神社同老松神社として祭祀ありしを大正三年七月六日許可を得て合祀す。
特殊神事
毎年九月十二四臨時祭執行宮角力あり。又毎年八月一日蟲追ひ祭あり。
例祭日
 十月十日
神饌幣帛料供進指定
 昭和十四年六月二十六日
主なる建造物
 本殿,渡殿,拝殿,社務所
境内坪数
 三百五十一坪
氏子区域及戸数
 金隈中,四十六戸
境内神社
 秋葉神社(火産靈命)

福岡県神社誌 中巻
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/103

鳥居:「寳暦十二年 二月吉祥日」1762年
狛犬:「明治廿四年六月𠮷日」

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秋葉神社
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福岡県福岡市博多区金の隈
September19,2015

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by sora07jp2000 | 2015-10-28 05:23 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 26日

下月隈八幡宮 福岡県福岡市博多区月隈

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福岡空港南,月隈3丁目交差点に面した所。
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下月隈八幡宮。
Googleの地図には載っていなかった。
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郷社下月隈八幡宮 福岡市大字下月隈字居屋敷
祭神 応神天皇 神功皇后 玉依姫
由緒
聖武天皇天平寳字三年(西暦七五九年)太宰師三船親王造立シ給フト社傳ニアリ
筑前國席田郡総鎮守タリシ神社ナリ
明治五年十一月三日郷社ニ定メラル
尚,社説ニ曰ク,勧請ノ年不詳ナルモ此所ハ往古古槻隈ノ驛,人皇七十三代堀河天皇寛治五年(西暦一〇九一年)八月大納言源經信卿太宰帥ニ遷リ給フトキ此驛ニテ十五夜ノ月ヲ眺メ夜モスガラ琵琶ヲ彈ジ給フ。此際當社ニ詣デ種々ノ神寳ヲ捧ゲ異賊降伏ノ祈願ヲセラレシ給フ。又稲居城主光安筑後守特ニ當社崇敬セラレ,神殿ノ改築封戸神田等寄附セラレ神主モ多アリ,大祭ニ神輿ノ神幸神楽流鏑馬等アリテイトモ盛大ニテ近郷唯一ノ大社ナリシガ,応神元年(西暦一四六七年)ヨリ天正十五年(西暦一五八七年)間ノ久シキ戦乱ニ社殿等兵火ニ罹リ舊記神寳等モ灰燼ニ歸シ封戸神田モ没収セラレタルハ遺憾トスル所ナリ。其ノ後黒田公入國以来格別ノ崇敬アリ,燈籠鳥居神殿ノ建立等アリテ席田郡ノ祈願所ト定メラレ毎歳五穀豊穣ヲ初メ旱魃霖雨ノトキニモソレソレ祈願アリタリ。
例祭日 十月十七日

月隈の由来
貝原益軒 筑前國風土記官之七御笠郡上に記
 古今著門集曰く,経信卿太宰師に任して下向の時八月十五夜筑前國席田驛につきたりけるに,天晴月明らかなるに館の前に大なる槻ありけり。枝葉ひろくさしおほひて,月をへだてければ,人を召し集めて,たちまちに其木をきりはらはせて月に向かひて夜もすがら琵琶をかきならして心をすまし,天明けぬれはた々れけり,かかるすき人も今はなきよなりけり。篤信曰く,席田のむまやいにしへ此郡の内いづちにありにや今は其所しれず。若今月隈といふ所,彼経信卿の月を見られし所なるか,大なる槻木ありしよし,著聞にしるし侍れば,槻隈とかけりしを,後にあやまりて月隈と書くにや,月隈は此郡の東山下にあり。此所むかし道ありて,宿驛ありにしや。

境内設置碑文

郷社 八幡宮 福岡市大字下月隈字居屋敷
祭神
 應神天応,神功皇后,玉依姫
由緒
 不詳,従前は席田郡の総鎭守たりし神社なり,本件は棟札竝に鳥居の銘文に判然す。
寛永十五年拜殿再建,棟札に奉再興拜殿一宇扶桑筑之前州莚田郡月隈村八幡宮云云,願主菅原光安助左右衞門大尉並村名主中云云,寛永十五年正月吉日
元禄二年神殿再建棟札に奉再建八幡大神三社神殿一宇云々祠官權大副正次孫大谷主計藤原正信願主庄屋光安善九郎云々。
元禄二巳巳歳(月日所摩滅して不明なり)元禄十年拜殿再建棟札に奉斎券八幡宮拜殿一宇云々(以下摩滅して,不明の點多し依て略す)元禄十年卯月吉祥日。
安永四年神殿再建棟札に席田郡宗廟八幡大神三社鎭座神殿一宇云々祠官權大副後胤(大谷出雲守藤原正重 大谷織江,藤原正房)郡奉行津田源治郎廣一,大庄屋豊田德作願主庄屋光安儀作云々安永四乙未年正月吉曜辰日
文政十三年再建鳥居銘文に席田郡総鎭守文政十三年庚寅正月吉辰再建
明治五年十一月三日郷社に定めらる。
尚社説に曰く,勸請の年月不詳なるも,此所は往古槻隈の驛人皇七十三代堀河天皇寛治五年八月大納言源經信卿太宰帥に遷り給ふとき,此驛にて十五夜の月を眺め夜もすがら琵琶を彈じ給ふ,此際當社に詣で種々の神寳を捧げ異賊降伏の祈願をせられしと。(此の事著聞集に見ゆ)又當城主光安筑後守特に當社を崇敬せられ,神殿の改築封戸神田等寄附せられ(此の事續風土記に見ゆ)神主も多數あり。大祭には神輿の神幸,神楽,流鏑馬等ありていとも盛大にて近郷唯一の大社なりしが,應仁より天正年間の久しき戰亂に社殿等兵火に罹り,舊記神寳等も灰燼に歸し,封戸神田も沒収せられたるは尤も遺憾とする所なり。其後黒田公入國以來格別の崇敬あり,灯籠鳥居の建設神殿拝殿の建立等ありて郡の祈願所と定められ,毎歳五穀豊登を初め旱魃霖雨のときにもそれぞれ祈願ありたり。
例祭日
 十月十七日
主なる建造物
 本殿,渡殿,拝殿,社務所
主なる寳物
額一筒 伊勢大宮司從四位下大中臣朝臣幸喬卿筆,掛物一軸 長政公筆,伊勢御田扇一箇
境内坪数
 六百七十二坪
氏子区域及戸数
 大字下月隈全部 二百十八戸
境内神社
 宇賀神社(宇賀魂命)


狛犬:「明治十六年 癸未一月吉辰」「博多石工國松藤兵衛」

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福岡県福岡市博多区月隈
September19,2015

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by sora07jp2000 | 2015-10-26 04:54 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 25日

疫除神社 福岡県福岡市博多区月隈

福岡空港南,月隈。
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疫除神社
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福岡県福岡市博多区月隈
September19,2015

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by sora07jp2000 | 2015-10-25 03:41 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 20日

牛頭天王 八幡宮 福岡県福岡市博多区

福岡空港の東。
博多区東平尾の住宅街。
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牛頭天王,八幡宮。
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村社 八幡宮 福岡市大字平尾字馬場園
祭 神
 應神天皇,素盞嗚命
由 緒
 不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 陰暦十月十六日
神饌幣帛料供進指定
 昭和八年三月十一日
主なる建造物
 本殿,渡殿,拝殿,社務所
境内坪数
 三百坪
氏子区域及戸数
 大字東平尾全部,百六戸

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福岡県福岡市博多区
September19,2015

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by sora07jp2000 | 2015-10-20 04:41 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 03月 29日

地禄神社 福岡県福岡市博多区青木

博多区青木
ユニバ通りから南へ入った集合住宅街
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地禄神社
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こちらは「天滿宮」

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「地禄田神」
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地禄神社
名 称 地禄神社(ちろくじんじゃ)
所 在 福岡市博多区青木字成岡三七八
祭 神 地禄神社 埴安尊神(はにやすのみこと)
    天神社  菅原道真神
由 緒 地禄とは土地を富ませるという意味があり,庶民の農耕生活と密接に結びついた神社である。
祭神は土の神である埴安尊神(はにやすのみこと)と天神様で親しまれる菅原道真神。
筑前風土記によれば「青木村 一六三郎天神社 祭神・菅神埴安命二神祀元禄十一年(一六九八)に相殿に移し祀る。」とあり,少なくとも元禄以前この地に地禄天神社が存在したと思われる。また昭和十九年に席田(現在空港滑走路内)にあった天満天神社を空港建設の為移転合祀している。本殿内には安永七年(一七七八)奉再造地禄天神両社神殿一宇と書かれた棟札や,明治十四年(一八八一)地禄神社拝殿一宇と書かれた棟札が残っている。しかし堂宇総ての老朽化が進み,痛みが著しかったため,今回社殿(本殿・弊殿・拝殿),社務所,水舎を再建する。またこれに合わせ参道整備工事も行う。社殿は延べ面積十九坪,総土佐桧造り,屋根銅板葺,本殿には千木,勝男木を配し軒付七段とするなど,荘厳且つ流麗な姿を現す。
平成十五年十二月吉日
参道設置由緒碑


村社 地禄神社 福岡市大字靑木字成岡
祭 神
 埴安神
由 緒
 不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 陰暦九月二十五日
神饌幣帛料供進指定
 昭和九年三月三十一日
主なる建造物
 本殿,渡殿,拝殿,社務所
境内坪数
 三百七十二坪
氏子区域及戸数
 大字靑木全部,六十二戸

一の鳥居:「昭和十二年」「丁■(丑?)一月吉辰」「地禄宮」
二の鳥居:「皇紀二千六百年」「天滿宮」「四月吉祥日奉建」
三の鳥居:「維時明治二十七午年」「五月𠮷祥日再建」
四の鳥居:「天保四年癸巳二月吉辰」「地禄田神」「奉寄進 當村産子等」
「昭和六十年八月三十一日 台風十三号により倒壊したので 同年十一月修復再建した」
狛犬:「維時 昭和十二年 丁丑二月𠮷日」「社掌 大谷眞■(牽?)」
灯籠:「昭和六十一年 一月吉日」 「石匠 国松大次郎」

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Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県福岡市博多区青木
February 28,2015

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2015-03-29 05:14 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 03月 25日

宝満宮 福岡県福岡市博多区空港前


福岡空港東の丘陵地。
老松神社のすぐ南。
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宝満宮
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寶満宮略記

鎮座地 福岡市博多区空港前四ノ一三ノ三
神社名 寶満宮
祭神 玉依姫命
祭儀 例祭 四月二十四日 十月二十四日
境内
 二小祠(一,荒五郎大明神-牛馬の神 二、不詳)
 地蔵堂(堂内に「天保六年未四月…」の銘)
 石像ニ体(薬師如来 千手観音)
境内背後小山頂上 五穀大神
氏子数 五八世帯
旧社殿 弘化三年(一八四六年)建立
 本殿 神明造桧皮葺 間口一間奥行一間一坪
 渡殿 一間三尺 一間 一坪五合
 拝殿 三間 二間二尺 七坪
旧境内地 四〇九坪七六神社有地
旧社格 村社 明治五年十一月三日列格
神饌幣帛料供進指定 昭和八年十一月二日
新社殿竣工 昭和五十四年(一九七九年)三月

 茲に鎮座する寳滿宮は,「筑前国續風土記拾遺」によれば,宝満山麓旧御笠郡内山村(現太宰府市)に鎮座する竈門神社の祭神玉依姫命[神武天皇御母神]を,往時,上臼井村の三宅実秋,平田清蔵が信仰してはじめてこの地に勧請した産土神である。以来,氏子によって代々引き継がれ祀られてきている 勧請年月は不詳。
 稲作を主な生業とした時代は,山容秀麗な宝満山は,旧席田郡の広い水田地帯を潤す御笠川の水源となっており,水分(みくまり)の神信仰の山として尊崇されてきた。当集落をはじめとして御笠川水系に沿った集落には寳滿宮が祀られて在る所もあり,水の神,五穀神として農業・農民を守護してきたと考えられる。
 氏子の当寶満宮への崇敬は篤く,祭祀,造営等献身的に関与奉仕してきている。産土神をはじめ境内外に安置の小祠・仏像・石碑などはすべて氏子を加護賜り,また氏子は当氏子区の平穏,秩序,発展及び家々の招福,無病息災,家内安全,繁栄などを祈願する。古くより継承の伝統行事も絶えることなく、今も維持存続している。
平成十年  十月吉日
   略記 平田順治識
境内掲示碑

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町懐之碑

 此の地は,福岡平野の中央部に位置し,江戸期より明治二十九年迄の村名は,筑前国席田村大字上臼井と称し,以後,筑紫郡席田村大字上臼井となる。
 福岡藩「郡方覚」によれば,文化九年の席田村所属は,下臼井・上臼井・青木・平尾・雀居・下月隈・上月隈・立花寺・金隈の九ヶ村であった。
 昭和八年福岡市に編入,福岡市大字上臼井町となり,平成二年二月二十六日,町名改称により,福岡市博多区空港前四丁目となる。
 町名改称をするにあたり住民こぞって由緒ある町名を惜しみ,その変遷を記し後世に残す所以である。
 福岡藩領で,江戸末期の上臼井の地積は,次のとおりであった。

田~五十三町余
畑~四町余
正租米~三百九一石余
戸数~三十九戸
境内掲示碑

村社 寳滿宮 福岡市大字上臼井字宮の前
祭 神
 玉依姫
由 緒
 不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 十一月八日
神饌幣帛料供進指定
 昭和八年十一月二日
主なる建造物
 本殿,渡殿,拝殿,社務所
境内坪数
 三百八十一坪
氏子区域及戸数
 大字上臼井全體,五十六戸

一の鳥居:「維時平成十七年」「寳滿宮」「乙酉十月吉辰再建」
二の鳥居:「維時昭和二年」「寳滿宮」「丁卯九月吉辰再建」「當區氏子中」「石工 宇■(治?)川敬造」
灯籠B:「嘉永五壬子有歳」
三の鳥居:「平成四年十月吉日」「伊勢参宮同行建之」「博多石匠十一代 國松良康」
注連掛柱:「大正六年巳九月吉辰」「伊勢參宮同行建之」
狛犬:「明治九丙子」「石工 國松■■」

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県福岡市博多区空港前
February 28,2015

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2015-03-25 03:36 | 神社 | Trackback | Comments(0)