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2015年 06月 15日

元ノ隅稲成神社 山口県長門市油谷津黄

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元ノ隅稲成神社之由来

昭和三十年三月のある深夜,一匹の白狐が初代祭主岡村斉の枕元に現れ,過去からの関わりを詳細に述べた後「吾を此の地に鎮祭せよ」とのお告げがあり,以て元ノ隅の霊地を神域と定め島根県津和野町太鼓稲成神社より分霊を移し祭ったものです。社は小さくとも霊験は衆人の普く知る処と成り顕著である。
商売繁盛,大漁,海上安全は元より,良縁,子宝,開運厄除け,福徳円満,交通安全,学業成就,願望成就の大神です。稲荷神社は全国で四万社有り,「稲成」は二社のみである。
 元ノ隅稲成神社社務所

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山口県長門市油谷津黄
May 17,2015

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by sora07jp2000 | 2015-06-15 04:05 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 15日

◆青海島 2 山口県長門市仙崎

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仏岩

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山口県長門市仙崎
May 17,2015

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by sora07jp2000 | 2015-06-15 03:44 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 14日

◆青海島 1 山口県長門市仙崎

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花津浦

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花津浦観音
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コーモリ洞
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夫婦洞,黄金洞とも。

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幕岩
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平家台
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名称は誤りもあるかもしれません。

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山口県長門市仙崎
May 17,2015

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by sora07jp2000 | 2015-06-14 05:09 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 02日

◆山口県政資料館 2 2015.04.04

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山口県政資料館:Wikipedia.ja 山口県HP 
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山口県山口市滝町
April 04,2015

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by sora07jp2000 | 2015-05-02 08:19 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 01日

◆山口県政資料館 1 2015.04.04

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旧県庁舎

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旧議事堂

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山口県政資料館:Wikipedia.ja 山口県HP 
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山口県山口市滝町
April 04,2015

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by sora07jp2000 | 2015-05-01 04:08 | ◆点描 | Trackback | Comments(2)
2015年 04月 30日

山口大神宮 3 山口県山口市滝町

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内宮,手前は古殿地
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内宮摂社,恵美須社

祭神,事代主命
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内宮別宮,荒祭宮

祭神,天照大御神荒魂・瀬織津姫命

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摂社 多賀神社

主祭神
伊弉諾尊・伊弉冉尊

配祀
天照大御神・素戔嗚命・少名彦名神・火具土神・国常立命・応神天皇・菅原道真命・大内教弘命

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山口大神宮:公式サイト Wikipedia.ja Panoramio Google+



山口県山口市滝町
April 04,2015

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by sora07jp2000 | 2015-04-30 03:59 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 29日

山口大神宮 2 山口県山口市滝町


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鷺岩
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多賀神社
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神楽殿
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左,外宮,右奥,内宮。
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外宮
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籾置岩
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外宮別宮 多賀宮

祭神 豊受大御神荒魂・伊吹戸主神

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外宮
主祭神 豊受大御神
配祀 天津彦彦火瓊々芸命・天児屋根命・天太玉命・建御名方神・八坂刀自命

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山口大神宮:公式サイト Wikipedia.ja Panoramio Google+



山口県山口市滝町
April 04,2015

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by sora07jp2000 | 2015-04-29 02:53 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 04月 27日

山口大神宮 1 山口県山口市滝町

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高嶺稲荷神社
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山口大神宮:公式サイト Wikipedia.ja Panoramio Google+



山口県山口市滝町
April 04,2015

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by sora07jp2000 | 2015-04-27 04:45 | 神社 | Trackback | Comments(2)
2014年 03月 08日

玉祖神社/厄神の杜・玉の岩屋 2 山口県防府市

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現在の祭神は、以下の2柱。

・玉祖命 (たまのおやのみこと) - 玉祖連の祖神とされる。岩戸隠れの際に勾玉を作った神であることから宝石関係者、レンズのことを「玉」ということから眼鏡関係者、水晶を使用することから時計関係者より信仰を集める。
・不詳 - 石凝姥命とする説などがある

『延喜式神名帳』には「玉祖神社二座」とあり祭神は2柱ということになるが玉祖命のほかは不詳。玉祖命・石凝姥命ともに日本神話では岩戸隠れの段に初出し、天孫降臨の段では五伴緒として天孫とともに天降った。


祭神
 延喜式神名帳には玉祖神社二座とあって神名は明示されていないが、主神は玉祖命で今一座は不詳である。
 玉祖命は玉造連(たますりのむらじ)の祖神で三種の神器の一つ、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を造られた神で別名櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)、羽明玉命(はあかるたまのみこと)、豊玉命(とよたまのみこと)、玉屋命(たまのやのみこと)とも称す。
 不詳の一座は神主土屋家文書や防長風土注進案では、天鏡尊(あめのかがみのみこと)、天日神尊(あまのかかみのみこと)とし、鏡を御霊代として日神と仰奉る天照大神ではないかとしているが、その天照大神を御祖神として、浜宮御祖神社(はまみやみおやじんじゃ)を当てた時代もあり、氏子中には女子の初宮詣には必ず浜宮御祖神社へも参る古習があるので、祭神を女神とするものや、玉祖命の母神とする説などがあるが未だ定説はない。しかし、祭典に当っては常に二座分の御供物を献奉る仕来になっている。
全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年

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千木が三つ。
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由緒・沿革
 天照大神の天岩戸隠の神事で玉祖命は八坂瓊曲玉を造られ、その後天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)が日向国に降臨の時供奉した五伴緒神(いつとものおのかみ)の一柱として国土統治の御創業を補佐されたことは記紀に載るところであるが、社伝には、後にこの大前(おおさき・大崎)の地に座して中国地方を平定し、ついにこの地で神避りました後、御祖(みそ・江良)の地(玉の岩屋)に葬り、その威霊を祀たのが当社の起源とし創建年月は不詳であるが、以後、玉造連玉祖氏が祭祀を司ったと思われ、史料にも天平10年(738)の周防国正税帳に祢奇(祢宜)玉造部五百背の名が、更に長徳4年(998)今昔物語巻十七に宮司玉祖惟高の名が見える。

 社記には景行天皇12年(82)筑紫行幸の砌、周防裟婆(さば)に行在所を設けられたのが玉祖神社北方の宮城の森であると伝え、その節剣を奉納されたが、今御殿奥深くに宝剣として奉安されている。また、仲哀天皇・神功皇后西征の折も寄江(よりえ・神社の西南)という浜に着船、高田の土を以て沢田長(佐野焼陶工の始祖)に三足の土鼎(なべ)とHIRAKA(はち)を作らせ、神供を備えて軍の吉凶を卜された。これが今も伝わる占手神事の起源である。 確実な史料で沿革をたどると、天平8年(736)より10年までの三年間、玉祖神社領の田租穀三十九石二斗八升を奉免翌年周防国の正税より頴稲三千八百三十四束を以て神税として奉納された。神命に依て祢奇玉作部五百背にも二百束が給される。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年

景行天皇が剣を奉納し,それが残っているとは素晴らしい!
仲哀天皇,神功皇后の伝承も具体的。

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さらに興味深いのが神社に伝わるいくつもの特殊神事。


特殊神事
斎竹祭(おはけ)
 例祭前に新しく注連縄をつくり忌竹と共に飾りつける神事である。
 宝暦3年(1753)、神主土屋家の記録に「八月朔日斎竹祭、御祭礼折・・・・大鳥居切餝相済、祖社之両神之注連、内鳥居注連祭り相調申候。是朔日之社役筋ニテ御座候・・・・」とあり、古来大崎居合の宮付(みやつき)と称する家十八戸が注連縄をつくり、鳥居には忌竹を飾付け、終れば一の鳥居の下に案を据え、神酒と塩水桶を献備し、神職が大祓詞を読み、塩水桶をとって修祓する。その後宮付の者神酒を拝載してこの神事を終了したが、現今は大崎・佐野地区の自治会単位で順送りに注連縄づくりと忌竹飾りをつとめている。

釣垂神事(つりたれのしんじ)
 大祭の前日、神職が田島浦(防府市中浦)へ出向し、海辺に神籬を差立て、神饌のほかに釣具などを供え、中浦漁業組合の人等が参列して、神事の由ならびに豊漁海上安全の祈願祭典を執行する。後に組合員が出漁して獲た魚を、大祭当日本社へ持参し神饌として奉献する。
 当社の古記録に「八月御祭礼、往古は十五日 月之出YORI於御祖神社(浜宮御祖神社)舞楽始り 亦釣垂之遊有り 釣舟田島浦より船三艘を奉例なり社官鮮魚を釣て奉供 是当社釣垂之神KOTOと申伝候。右比釣舟いつとなく中絶 其船之代りに田島より御祭礼之時に加輿丁相勤来り候・・・・」とあり、往昔の神事の様子を知ることが出来る。
 現在の釣垂神事は昭和15年紀元2600年を記念に再興し、戦後の混乱期も中絶することなく引続き執行されている。

占手神事(うらてのしんじ)
 山口県指定無形民俗文化財である。
 例祭の前夜祭で神門前に注連縄を張り廻らし、庭燎をたいて執行する。
社伝に神功皇后三韓征伐の砌、当社へ戦勝の御祈願遊ばされ、この神事を御執行、出帥の吉凶を手により占ひ給いし、茲来当社の特殊神事として今日に及ぶ。
 周防地誌提要案に「仲哀天皇神功皇后もまた詣せ給へり・・・・・・・この時軍の吉凶を神前にトはしめ給へる由にて、今にト手小相撲(らうてのこずもう)といふ式など残れり」と、また天保13年(1842)の防長風土注進案にもト手小相撲として「宵殿祭之式也」と附加している。この古式は丑の刻(午前1時~3時)に執行されたことから夜相撲ともいう。宝暦3年(1753)の当社の記録に、夜子ノ刻(午後11時~午前1時)に御神楽をすませ、玉垣の外に出てうら手の相撲を行なったとあり、その形が相撲に似ていることから占手相撲ともいう。
 神事は、宮司・祭員が神門前に着座した後はじまる。裃を着用した首座(しゅざ)が判士をつとめ、軍士と呼ばれる行事所役二人が裸体に白の褌をしめ、東西に分れて着座、相撲の蹲踞に似た姿勢で両手を腰の上部につけ、右左右、左右左と両脚をくの字型に折り曲げながら進み出て、行き合うと各人の手のひらを見せ、己の腰を叩く。三回くりかえして一回の行事が終り、これを都合三度行なう。最後の段階で軍士は掌を組みあい、東と西が入れかわって地上を叩く。平年はその数12、閏年は13回叩き、叩き終ると神前に向って両手を上げ鬨の声を上げると神事が終了する。鬨の声以外は全く無音の敬虔な神事である。

例祭特殊御供
 例祭当日の早朝、三足の土鼎(どてい・なべ)二個を以って、白飯(白米)黒飯(玄米)を炊き、これをHIRAKAに半分ずつ盛合せて神饌に献供する。
 これは神功皇后御祈願の時より始るといい、沢田長(さわたのおさ)(佐野焼陶工の始祖といい、防府市大字佐野の中に沢田の地名を残す)の子孫が代々この祭器を毎年調進する古例があり、昭和30年頃まで続いたが中絶したため古器にて炊いていたが、昭和57年9月、佐野焼保存会の願意により毎年の調進が行なわれるようになった。
 風土注進案に「昔仲哀天皇 神功皇后 筑紫を征伐し給ふ時、当所に御船を寄せられ、澤田の長(澤田中頃土田と称し今ハ内田と申候、当時弥三郎家なり)に命じて高田の土(高田は姫山の麓なり)を以て三足の土鍋を作り御供を炊き、大HIRAKAに盛り 玉屋の明神に備へて軍の吉凶をトひ祭り給ふ例にて当天保12年丑年迄1641年之間闕如なく毎年8月一ノ宮大祭会之節澤田家筋より鍋を備奉候・・・・・」とある。
 この土鍋は素焼製で、往古当地方の日常品であったと推測できる。これらの破片が弥生式土器、瓮等の破片と共に等地方一帯から出土する。即ち玉祖神社特殊の祭器ではなく、神功皇后は祈願のため、得に新調を命じられたのである。
尚、社伝では佐野若宮に鎮座する若宮社は、沢田の長の子孫が玉祖命の御分霊を祀り、壺神様として崇め奉り、焼物業の加護を祈念したという。

(注)文中のHIRAKAは「皿」偏に央です。YORIは古文書の「より」、KOTOは「こと」です

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年

軍の吉凶を占うために三足の土鍋を二つ焼かせる。
それぞれで白米と玄米を炊く。
それを半分ずつ大鉢に盛り合わせて神饌とする。

「玉屋の明神」は玉の岩屋だろうか,それとも玉祖神社のことかな。

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そして,ゆかりの地の記述…

玉祖神社ゆかりの地

宮城森
 ミヤキノモリともいう。神社北方300mの田中にある。
 景行天皇12年に九州の熊襲部族が反乱。西征の途中周防国裟麼(佐波)に神夏磯媛と名乗る女酋が勢力を張っていた。天皇至るときくや、神夏磯媛は磯津山(しずやま)から賢木(さかき)を採り、八握剣・八咫鏡・八尺瓊(玉)を上中下の枝にそれぞれに掛け、白旗を船の舳先に立て天皇を奉迎し恭順の意を示していることが日本書紀に載っているが、天皇は玉祖神社へ戦勝祈願され、その時の行在所の跡が宮城の森という。玉祖神社附属地。

八籠山
当社の北々西約600mにある。通称霞山。糘山(すくもやま)。
 景行天皇宮城の森に行宮を設けられた際、この山に八神(神皇産霊神・高皇産霊神=天地萬物・人類はことごとくこの二神の力によって鎔造化育された。生産霊神=生成活動の神足産霊神=充足完備の神。魂留産霊神=霊魂を身体中に鎮め留むる神。大宮売神=和平を図る神。御膳都神=食物を主宰する神。事代主神=国土経営の神)を祭られ、その時の祭器を埋められたところからこの名があるという。

玉の岩屋(たまのいわや)
 「玉屋命、大崎の閭(村里のこと)に隠れさせたまひ 御神体を納め奉るを玉の岩屋といふ。当社の後三町餘隔てる江良に有之 天正のころまでは歴然たり、今は其形少残れり、依て近歳石の小祠を立て験とす、四月上辰日祭・・・・・」と風土注進案に見えるが、現在の玉の岩屋は明治六年修築したもので、祭典は5月上辰日に執行される。神社北方約500mにある。玉祖神社附属地。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年

「周防国裟麼(佐波)に神夏磯媛と名乗る女酋が勢力をふるっていた」
「神夏磯媛」って福岡県田川市の若八幡神社の由緒書きに出てくる…

「人皇第12代景行天皇の熊襲征伐に際し、天皇を周防の佐波(今の防府市)まで出迎え、
九州平定に寄与されたのが我が夏吉地域開発の祖神、神夏磯姫でした。」
※ひもろぎ逍遙

周防の姫だったのか,それとも周防まで勢力があったのか…
いずれにせよ景行天皇を周防で迎えたことは一致している。

景行天皇が糘山に行宮を設け,八神を祀り,祭器を埋めたというのも興味津々。

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玉祖神社:延喜式神社の調査/玉祖神社 Wikipedia.ja
Panoramio 石津安信:航空写真 Explorer



山口県防府市大字大崎
January 12,2014

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by sora07jp2000 | 2014-03-08 05:30 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 07日

玉祖神社/厄神の杜・玉の岩屋 1 山口県防府市

佐波神社から西へ。
市街地から54号線を北へ。
高速くぐって西へ。
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厄神(やくがみ)の杜。
玉祖(たまのおや)神社の旧社地らしい。
後ろ右が西目山,東麓には剣神社,勝坂がある。
左の峰は分からない。
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玉祖(たまのおや)神社の旧社地とのこと。
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玉の岩屋。
厄神の杜の南,田んぼの中。
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石碑左奥に玉祖神社の社叢。
その先は佐波川。

玉祖神社

旧国幣社 玉祖神社由緒
 周防国一ノ宮として由緒深く,御祭神は三種の神器の一つである八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を造られた玉祖命であります。玉祖命は五伴緒神(いつとものおのかみ)の一柱として中国地方を治められ,ここ大崎の地で歿せられたと伝えられ社殿の北,約五百米にある玉岩窟(たまのいわや)はその墓所と云われています。
 神社の創建はあまりにも古く定かではありませんが、景行天皇十二年西征にあたって戦勝祈願のため宝剣を奉納されたものが今も御神宝として伝わっております。
 仲哀天皇・神功皇后も西征の折ご参拝になり,今の佐野焼の始祖と云われる沢田(さわた)の長(おさ)に三足の土鼎(どてい)(なべ)と盎(ひらか)(はち)を作らせ米を炊き捧げられ,また軍の吉凶を占われたことに起因すると云う占手神事(うらてのしんじ)も昔ながらに伝えられ厳かに執行されております。
 玉は洋の東西を問わず美しく尊いもので平和のシンボルとされていますが四月十日の玉の祭には全国各地から宝石・眼鏡・時計・カメラ業者が参拝しており,玉の祖神として,また平和の神として崇敬されております。

例祭    九月二十五日に近い日曜日
      玉の祭 四月十日
特殊神事  占手神事(山口県無形文化財)
      釣垂神事
主な宝物  重要文化財 俊乗坊重源造替目録
      大内弘幸重建目録
      毛利輝元宗広再建目録
      重要美術品 銅製巴文双雀鏡
      防府市文化財 源義経奉納吉包の太刀
天然記念物 日本鶏 黒柏(くろかしわ)

 付近には玉岩窟・宮城の森・浜宮御祖神社・若宮社があります。

防  府  市
防府市観光協会

玉祖神社社頭掲示由緒

さらに南へ600mほど。
佐波川の手前。
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玉祖神社。
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珠,玉と書いた方がいいのかな。
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しっかりとした角。
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角,長い鬚。

玉祖神社:延喜式神社の調査/玉祖神社 Wikipedia.ja
Panoramio 石津安信:航空写真 Explorer



山口県防府市大字大崎
January 12,2014

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2014-03-07 04:40 | 神社 | Trackback | Comments(0)