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2015年 09月 20日

竈門神社 福岡県小郡市力武

宝満川の西,小郡市力武。
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竈門神社。
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竈門神社

一.鎮座地 小郡市力武字宮の脇一〇六三-一
一,御祭神 玉依姫命(主祭神)
      山下影姫命(副祭神)
一,創 建 承平元年九月勧請(九三一年)
一,御由緒
当神社の御創建物については,小郡市編集にも記載にある小郡市でも一番古い建物であり,江戸時代当神社や拝殿福童神社(寺福童)の本殿と三棟にすぎないと記載してある。『寛延記』に,「玉母宮,氏神,山下影姫命の神廟也,御跡の経塚と申し伝え候」とあり,この神社の境内は大きい古墳であった。梵字を刻んだ大きな石がある。これぞ先輩の方々や地域の皆様の行き届いた管理の賜物であると理解できる。近年は建物にも廊下が進み,一部補修拝殿の向かい柱の取替えや拝殿,弊殿の瓦葺を桐朽化葺きかえの工事を氏子一同で決定し取り組む。
平成二十一年十二月吉日をもって改修工事も無事完了する。

1,祭 礼
 一月一日 歳旦祭
 七月十六日 夜渡祭り
 十月十七日 例祭
氏子一同
境内掲示版

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村社 竈門神社 三井郡三國村大字力武字宮の脇
祭 神
 玉依姫命,山下影姫命,足仲彦天皇
由 緒
創立承平元年九月,舊社號玉母神社,明治六年三月十四日村社に定めらる。
祭神足仲彦天皇は堂大字に成末神社として祭祀ありしを明治四十二年一月十九日合併許可。
例祭日
 十月十七日
神饌幣帛料供進指定
 昭和三年十二月二十七日
主なる建造物
 神殿,弊殿,拝殿,社務所
境内坪数
 千百四十九坪
氏子区域及戸数
 大字力武一部落,六十五戸
境内神社
 天満神社(菅原神)
 成末神社(仲哀天皇)

承平元年=931年
狛犬A:「石工 小塩村 高浪磯七」「大正五年 十月吉日 伊勢参宮 同行 建之」


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福岡県小郡市力武
Augst 01,2015

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by sora07jp2000 | 2015-09-20 04:48 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 13日

日吉神社 福岡県小郡市三沢

小郡市三沢。
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日吉神社

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日吉神社

一,鎮座地 小郡市三沢字宮の前二三四一番地
一,御祭神 大山咋(クイ)神(主祭神)
      仲哀天皇(副祭神)第一四代
一,御創建 承平三年八月勧請(九三四年)
一,由緒
日吉神社は山王宮とも言われ本社は近江国滋賀の郷(滋賀県大津市)にあり全国に約五千社ほどあります。「古事記」の記載によれば大山咋神は大年神の御子で日枝山(比叡山)の山の神,地主の神であって,また農耕の神でもあります。
副祭神仲哀天皇は字盤狭子(ハサコ)無格社盤狭子神社として祭礼ありしを明治四十四年六月十四日合併許可されました。
一,末社(境内)
(一)天照皇大神宮
〔二)天満神社
御祭神菅原神,本社は字南内畑無格社,天満神社としてありしを明治四十四年六月十六日移転合併許可されました。
〔三)烏帽子神社
祭神,仲哀天天皇伝説によると仲哀天皇を殯葬しその神霊を祀ったと伝えている。
高さ三米,胴回り四・五米の巨石が直立し,形地が武士の烏帽子に似ているので烏帽子石と名付けられたとも言われ,古代巨石信仰の遺物と考えられます。三沢西部丘陵地(標高七十米)の通称立石山に位置し明治四十四年六月日吉神社に合祀されました
〔四)金比羅宮
〔五)宮地嶽神社
一,祭礼
一月一日 歳旦祭
七月九日 夜渡祭
十一月三十日堂籠
十二月十日 例祭
十二年毎に申祭(四月)
平成十五年十一月吉日 宮司 内村安男
境内掲示由緒

南の鳥居:「奉寄進 産子中」「明治廿九年申二月良是」

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福岡県小郡市三沢
Augst 01,2015

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by sora07jp2000 | 2015-09-13 04:36 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 07日

竈門神社 福岡県小郡市三沢


小郡市三沢,高原川北の田園地帯。
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竈門神社
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「参宮上京記念 大正一十四丑年 一月建之」
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「昭和七年二月吉祥日」
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東の楼門
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「天保五申午年 二月吉日」
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福岡県小郡市三沢
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-08-07 04:36 | 神社 | Trackback | Comments(2)
2015年 08月 06日

日吉神社 福岡県小郡市小郡

鳥栖JC南東,小郡市小郡。
子どもたちがたくさん遊んでいたので他を回って再度参拝。
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小郡総鎮守 山王宮 日吉神社(山王さん)
御祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ)
「古事記」に天照大神の弟神である素盞嗚神の孫神とあり,総本社は滋賀県大津市比叡山麓にある旧官幣大社日吉大社で,大山咋神は山・水・木の清浄を司り給う神で,土地を護る神,古くは酒造の守護神更には魔除け,厄除け招福・交通安全・縁結び・安産の神としても信仰の厚かった神である。
 この神社は後醍醐天皇の延元元年(一三三六)最初現在地より西方約三百米の北口という所に,鳥栖市重田(しげた)・同市旗崎(はたざき)に在る両日吉神社と同時に創建され,その後寛文十二年(一六七二)現在地に移ったと伝える。
 創建以来小郡の総鎮守総氏神,小郡の町を守護し給う神として尊崇されていた。
 太平洋戦争終結後,戦後の疲弊に荒廃が甚だしかったが,昭和五十七年九州横断自動車道が,小郡字藺牟田(小郡連合区区有地)を通過することに決定しその用地売却費の一部を充て御社殿の大改築,社務所の新築,更に昭和六十一年が創建六百五十ねんということで,境内外周石垣・玉垣等の工事を完成し面目を一新した。

祭典日
二月三日 節分・厄除け祭
四月十三日 春祭(申祭(さるまつり))
十二年一度申年 大申(おおさる)祭
十二月十三日 宮座祭・例祭
その他
十一月十五日頃 七五三祭
一月十三日・九月十三日 境内末社虚空蔵(こくぞう)祠(左部首「礻」)祭

社前掲示由緒板


祭典日
四月十三日春祭(申祭)
  十二年に一度大申祭
十二月十三日 例祭
  その他
一月一日 歳旦祭(元旦)
一月聖人の日 左儀長(古神札焼納)
十一月吉日 七・五・三祭
九月十三日 一月十三日 境内末社虚空蔵詞祭

 初宮詣・厄除け祈願・車祓等
 随時祈願祭申し受けます
   小郡総鎮守
    山王宮 日吉神社

拝殿掲示版

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小郡下町 恵比寿(えびす)神
恵比寿神は恵比須・夷・戎・蛭子などとも書き,中世以降大黒様と共に七福神の一つに数えられ,恵比寿・大黒と併称されて福神の代表格とされた。
 大国主命(おおくにぬしのみこと)(大黒様)の子で漁猟の好きな事代主命(ことしろぬしのみこと)といい,また彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)で,世にいう山幸彦(やまさちひこ)だともいう。
この神は本来は漁民の神であったものが,商売繁盛・農業の守護神として祀る風習も生まれた。神像は街道筋,特に町がかった集落の道ばたに多く見られるが,下町の恵比寿像も以前は,現ベスト電器の入口附近に祀ってあったが,土地の所有者が替った際取り払われて処々を転々とした後,昭和六十三年四月𠮷日この神社境内に安置された。祭礼日は慶応四年の記録に則り一月十三日に執行している。
 平成七年七月
小郡市下町区
境内掲示版

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『五体の石仏』について
 明治維新の「神仏分離」で「五つの石仏」は市内を転々とし,日吉神社の北百五十米の墓地に放置されていた。
 流浪の石仏を見かねた当時の多田隆宮司と小郡連合区(久光良夫区長)が御堂建立に資金援助をし昭和六十一年この御堂を完成させ今日に至っている。
○虚空蔵菩薩 無尽の智恵と「財宝」を入れる蔵を持ち,参拝者の願いを満たす菩薩。五年・寅年生まれの守り本尊。
○観世音菩薩 諸人の救いを聞きとどける菩薩。
○不動明王 悟りを得る行者を背中の火焔で守る明王。
○弘法大師 「空海」のことで真言宗の始祖。
○阿弥陀如来 浄土宗の教祖,一向専念に南無阿弥陀仏。
「虚空蔵さん祭り」毎年一月十三日・九月十三日が祭典。祭典で「幸運種銭」を借り商売の元銭にすれば商売益々繁昌,財布に入れておけば小遣銭に不自由しないといわれている。次回の参拝で「三倍返し」の御礼をする。
平成十八年夏
小郡連合区区長会
小郡連合区神社総代会
御堂掲示版

村社 日吉神社 三井郡小郡村大字小郡字下町
祭 神
 大山咋神,事代主神,木花開耶姫神
由 緒
延元元年創立,明治六年三月十四日村社に列せらる。
祭神事代主神は字中町字森町字下町に無格社恵美須神社として又木花開耶姫神は字野口に無格社木花開耶姫神社として祭祀ありしを大正十一年九月十三日許可を得合祀す,同一祭神は合靈す。
例祭日
 十一月十三日
神饌幣帛料供進指定
 昭和三年十一月九日
主なる建造物
 神殿,廊下,拝殿,社務所
境内坪数
 千百八十坪
氏子区域及戸数
 小郡村大字小郡善二百三十戸
境内神社
 倉稲魂神社(倉稲魂神)

鳥居:「安政五戊午年孟夏中旬■(「穀」の右が異体)■(「目」の下に「一」」「日吉神社」「奉献 下町氏子中」
狛犬:「石工 秦雄助」

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福岡県小郡市小郡
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-08-06 04:48 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 25日

福童神社 福岡県小郡市寺福童

宝満川と秋光川に挟まれた住宅街の中。
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福童神社
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「慶応二丙寅年 正月吉祥日」1866年
「石工 小塩 原田■■(伊勢?)吉」

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福童神社
鎮座地
 小郡市寺福童神屋敷八四六
創建
 現在の神社明細帳には不詳とあるが,神殿内の古い木札によれば弘治三年(一,五五七年)の今から遡れば四百三十八年前の室町時代末期に創建されたものと判明した。
祭神
 神社明細帳には天照国照彦火明命(アマテルクニテルヒコホアカリノミコト)(天照大神のお孫さん)とあり木札の表面には
  彦山大権現
  高良大菩薩
  寳滿大菩薩
伊勢天照大神宮
  八幡大菩薩
  住吉大明神
  □□□□□(判読不可能)
  裏面には
弘治三天(てむ)丁己(ひのとみ)朧月(ろうげつ)十一月二日
霊松山善福禅寺 住持比丘安叟老納誌之(じゅじびくあんそうろうのうこれをしるす)
とあり,その当時は神仏混淆時代で善福寺の住職が神主をも兼ねていたことがうががわれる。

製作者 福童神社氏子中
製作日 平成七年十二月十二日
境内掲示由緒

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稲荷神社,天滿宮。

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村社 福童神社 三井郡小郡村大字寺福童字神屋敷
祭神
 天照國照彦火明命,菅原神
由緒
 不詳,明治六年三月十四日村社に列せらる。菅原神は天滿神社として字内畑上道西八三三番地へ無格社として祭祀ありしを大正七年四月十六日許可を得て合祀す。
例祭日
 十一月十八日
神饌幣帛料供進指定
 大正十四年十二月三日
主なる建造物
 神殿,廊下,拝殿,社務所
境内坪数
 二百十三坪
氏子区域及戸数
 小郡村大字寺福童,六十五戸
境内神社
 稲荷神社(倉稲魂命)

福岡県神社誌 中巻

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福岡県小郡市寺福童
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-07-25 07:35 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 24日

媛社神社 福岡県小郡市大崎

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小郡市,宝満川から200m程の所。
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媛社神社。
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七夕神社
 七夕神社は,正式には媛社(ひめこそ)神社といい,肥前風土記(ひぜんふどき)(七三〇年頃)の中に記述があり,当時すでに大崎のこの地に神社がまつられていたことがわかります。祭神は,神社縁起(じんじゃえんぎ)に姫社(ひめこそ)神と織姫(おりひめ)神と記されています。
 また,今から千年以上前の延喜式(えんぎしき)という書物には各地から朝廷に差し出す献上品の一覧表が残ってています。それによると,小郡を含む筑後の国の献上品は米と織物になっており,この地方は織物がたいへん盛んであったことがうかがえます。また,古来織物に携わってきた人々は織物の神として「棚機津女(たなはたつめ)」という機織りの女神を信仰していました。この棚機津女の信仰と中国より伝わった織姫・彦星の物語が混然同化して,織物の神をまつる棚機(七夕)神社として親しまれるようになったと思われます。
 古老の話によれば,「この神社は『七夕さん』として親しまれ,八月六日の早朝から翌七日の朝にかけて,筑前,筑後,肥前一帯から技芸上達のお詣りで大崎に通じる道路は参詣者(さんけいしゃ)が列をなした。」と語っています。
 また,宝満川を挟んでこの織り姫をまつる七夕神社と相対して老松(おいまつ)神社があり,ここに大正十二年の圃場整備(ほじょうせいび)の際に合祀(ごうし)された牽牛社(けんぎゅうしゃ)があります。天の川と同じく南北に流れる宝満川とその両岸ににまつられた織姫と牽牛(彦星)は,天上の物語を地上に配した様になっており,そこには昔の人々の信仰とロマンが感じられます。
 平成五年十二月
 七夕の里振興協会
社前掲示版

神社の言い伝え
 媛社神社の歴史は古く,その起源は1300年前に書かれた「肥前国風土記」にさかのぼります。
「肥前国風土記」に書かれた文章を要約すると次のようなものになります。
 昔,姫社(今の鳥栖市姫方町付近)の地に悪い神がいて,旅する人を多く殺していた。そこで土地の人が困って占ったところ,宗像(今の宗像市付近)に珂是古(かぜこ)と言う人がいて,その人に神の社を祀らせると良いと出た。そこで珂是古は,幡をかかげ,その神がいるところに落ちるように祈祷して幡を飛ばした。幡は風にしたがって飛んで行き,御原の郡の姫社の社に落ちた。(基肄郡姫社郷の条)
この姫社の社が,現在の媛社神社の起源です。
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媛社神社のまつり
 神社の最も大きな行事は,8月6日の「よど」と8月7日の夏祭りです。
「よど」では,夕方から「子ども神輿」が集落の中を巡ります。夏祭りでは,早朝から無病息災を願って「獅子追い」が集落の中を回り,夜には境内に舞台が設置されて演芸会が開かれます。
 境内には全国から送られて来た短冊をつけた笹が飾られ,またたくさんの見瀬も出て,多数の参拝者で賑わっています。

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大崎媛社(ひめこそ)神社
 媛社神社は郷社として,近郷の人々の信仰を集めていました。18世紀中ごろに,土地の庄屋が久留米藩に提出した書類には,この神社は「岩船大明神」と書かれています。
嘉永7年(1854年)に建てられた鳥居の額には「磐船(いわふね)神社」「棚機(たなばた)神社」の文字が並んで書かれています。そのころは,磐船神社,棚機神社と呼ばれていたようです。現在は正式名称を媛社(ひめこそ)神社といいますが,近郷近在の皆さんからは,親しみを込めて「七夕さん」と呼ばれています。

境内掲示説明

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天満神社
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郷社 媛社神社 三井郡小郡村大字大崎字東
祭 神
 媛社神,織女神,菅原神
由 緒
不詳,明治六年三月十四日郷社に列せらる。菅原神は字中屋敷に無格社天滿神社,及中の前に無格社天滿神社として祭祀ありしを大正五年三月十六日許可を得て合祀祭神同一のものに付合靈す。
例祭日
 十二月十六日
神饌幣帛料供進指定
 大正十二年一月十一日
主なる建造物
 神殿,廊下,拝殿,倉庫,社務所
境内坪数
 四百八十坪
氏子区域及戸数
 七十四戸,小郡村大字大崎全區
境内神社
 天滿神社(菅原神)

一の鳥居:「明治二十一年十一月」「媛社神社」「奉獻」
二の鳥居:「奉再建石華表」「□(船の下に石)舩神社 橺機神社」「嘉永七甲寅年月日」1854年
狛犬:基台「文政五壬牛年九月」

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大日本名所図録 福岡県之部


ひもろぎ逍遙:媛社神社(七夕神社)(1)(2)

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福岡県小郡市大崎
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-07-24 04:26 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 23日

玉垂御子神社 福岡県小郡市大板井

500号線,「甘鉄大板井駅」交差点を南へ入る。
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注連掛柱,鳥居には「王子宮」の銘。

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楼門掲示由緒には「玉垂御子神社」とある。
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拝殿は瓦の葺き替え工事中。
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玉垂御子神社由来
鎮座場所 小郡市大板井 宮の馬場
祭 神
髙良大社 祭神は髙良玉垂命(こうらたまたれのみこと)の御子神である。
脇 神
斯礼賀志命(しれがしのみこと)。朝日豊盛命(あさひとよさかりのみこと)。暮日豊盛命(くれひとよさかりのみこと)。渕上命(ふちがみのみこと)。谿上命(たにがみのみこと)。那男美命(なおみのみこと)。安志奇命(あしきのみこと)。坂本命(さかもとのみこと)。安楽応宝秘命(あらおほひのみこと)。が祀られている。
元禄十年の「御原郡 井上組社方開基」によると。
一,王子大菩薩 神殿,壱間半に,二間半,小枝葺
        拝殿,弐間に,三間,瓦葺
大板井,小板井両村之氏神にて御座候,開基相知不申候,
祭礼,九月二十九日執行仕候 大保村民部
一,楼門 一間に弐間 瓦葺
一,薬師 五尺四面 茅葺
右王子大菩薩 境内に御座候とある。
現在(紀元二六五八年 西暦一九九八年)の平成十年の本殿弊殿は昭和二十三年七月に焼失し,同年八月二日 久留米市御井町高良大社より勧請 同四十年五月鉄筋コンクリート造の本殿弊殿を再建し現在に至っている。
尚,境内神社として,神殿に向かって左側に須佐能男神社 右側に若宮神社(応神天皇 仁徳天皇)が祀られている。

祭礼日
一月一日 元旦祭
六月下旬 七月上旬 夏祈祷(さなぼり おこもり)
八月二日 夏祭
十月二日 秋祭
監修
 宮司 多田隆

楼門掲示由緒板

村社 玉垂御子神社 三井郡小郡村大字大板井字宮馬場
祭 神
斯禮賀志命,朝日豊盛命,暮日豊盛命,淵上命,谿上命,那男美命,坂本命,安志奇命,安楽應寶秘命,菅原神
由 緒
不詳,明治六年三月十四日村社に被定。
祭神菅原神は字屋敷無格社天満神社として祭祀ありしを明治四十四年三月二十九日合併許可,大字小板井字屋敷無格社天満神社として祭祀ありしを大正十一年五月十六日合併許可,同一祭神に付合靈す。
例祭日
十一月十五日
主なる建造物
神殿,廊下,拝殿,神門,社務所
境内坪数
六百五十八坪
氏子区域及戸数
小郡村大字大板井向小板井 百五十一戸
境内神社
須佐能男神社(素盞嗚命)
若宮神社(應神天皇,仁徳天皇)

注連掛柱:「王子宮」「奉寄進」
一の鳥居:「奉寄進」「王子宮」「参宮記念」


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福岡県小郡市大板井
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-07-23 04:03 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 22日

素盞嗚神社 福岡県小郡市祇園

小郡市の中心部。
西鉄小郡駅の西,500号線沿い。
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素盞嗚神社。

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素盞嗚(すさのお)(祗園(ぎおん))神社
 御祭神 素盞嗚命
 素盞嗚命(すさのおのみこと)は,伊勢神宮にお祀りしてある天照大神(あまてらすおおかみ)の御弟で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神として有名であるが,荒々しい強い力で世の罪けがれや災厄,疫病(えきびょう)を払いのけ,清らかな正しい生活をお守りいただく神として,全国各地にお祀りしてある。
 この神社は古記録にようると後村上天皇の文和二年(一三五三)に府中(ふちゅう)(現久留米市御井町)から分霊を勧請し,最初現在地から西北約三百米あたりに建てられた(現在古祗園(ふるぎおん)という地名が残っている)のを慶長元年(一五九六)現在地に移したという。
 当時は戦乱が続いた上,疫病の流行も多かったが,この小郡だけは疫病に罹る人が少く,これは祗園様のおかげだと,近隣十九ヶ村の人々が祈願にお詣りし,疫病がおさまったということである。
 その後幾度もこのような疫病退散の霊験があり,先の十九ヶ村に加え二十九ヶ村の宗廟(そうびょう)として,また有馬公の崇敬も篤く,御祈願所と定められ毎年祈願祭を執行していたと伝えている。

 祭典
  七月第四日曜日 神輿・獅子・太鼓巡幸
  前日(土曜日) 例大祭

境内掲示由緒

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素盞嗚神社境内末社説明
天満神社
 祭神 菅原道真(すがわらみちざね)公
菅原道真公は平安初期の人で,学問にすぐれ政治家としては右大臣まで出世した。学問の神,文化の神として古くから京都北野天満神社,大宰府天滿宮をはじめ,全国各地に祀られ信仰をあつめている。

大巳貴神社
 祭神 大巳貴命(おおなむちのみこと)
この社は古記録によると承応三年(一六五四)建立とある。大巳貴命は大国主命(おおくにぬしのみこと)・大国様(だいこくさま)などと呼ばれ出雲(いずも)大社に祀られ国土を治め,勇猛武威にすぐれ,病や災難を除き縁結び,福の神として信仰されている。

八幡神社
 祭神 誉田天皇(ほんだのすめらみこと)(第十五代応神天皇)
宇佐神宮を総本社として全国に一番数の多い神社で,古くは源氏をはじめ武人の神として崇敬され,また広く民衆の神として信仰されている。

庚申(こうしん)神社
 祭神 猿田彦(さるたひこ)大神 天鈿女(あめのうずめ)命
天孫降臨のとき道案内をした神で,中世障(さえ)(塞)の神と混同されて道祖(どうそ)神となり,一方猿と申との混同から庚申(かのえさる)の碑に祭るようになった。また戯技を演じる神としての信仰もあり,天の岩門の前で踊ったといわれる天鈿女と共に祀ったものである。

廣林(こうりん)神社
 祭神 菅原道真公
この社は以前小郡前伏(まえふせ)(西鉄小郡駅附近)にあったが,区画整理のため現在地に移転したものである。
祭典日 十月二十四日

境内掲示版

素盞嗚神社 素盞嗚神 小郡村大字小郡字上町
福岡県神社誌 下巻

一の鳥居:「奉献神門一基」「祗園宮」「天保九□(?)戌三□(?)吉旦」「石工 原田千蔵」「農長 池内孫右衛門正信」「神主 神代連藤原信敬」
狛犬A阿形:「大正十二歳」
狛犬A吽形:「神職 神代道別信重」「浮羽郡姫治村小塩 石工 髙浪篤」
二の鳥居:「祗園神社」「昭和十三年四月吉旦建之
狛犬B阿形:「天保九戌年 六月𠮷日 願主 田中善市」1838年
狛犬B吽形:「神主 神代連信敬 石工 菅原新兵衛保明」

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福岡県小郡市祇園
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-07-22 04:14 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 21日

大原神社 福岡県小郡市小郡

陸上自衛隊小郡駐屯地西の住宅街。
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大原神社
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頭貫の上に狛犬。

由来
 大原神社は明治五年当地開拓の先人達が大巳貴神並びに懐良親王を御祭神として創建した神社であるが戦後は荒廃甚だしきに至ったため,小郡連合区区有の若山溜池売却費の一部を充て,修復に着手し,昭和六十一年十月完成した,仍て記念としてこの碑を建設する
 昭和六十一年十月吉日

境内掲示碑

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鳥居:「昭和六十一年十月吉日」「大原神社」「小郡市連合区区長会」

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福岡県小郡市小郡
June 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-07-21 04:18 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 16日

大神宮 小郡市干潟

小郡市干潟。
大通宮より200数十m南。
「干潟」は「吹上」を貫き包む様な形をしている。
そのぐるっと回った先にある。
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大神宮。
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「大正十五年二月 参宮同行中」「小塩石工 宮崎門太」
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「石工 原田伊勢𠮷 同 梶原初太郎」
「干潟」の阿蘇神社,生目八幡神社の狛犬と同じ石工さん。
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北側,画面右手宝満山が霞んでいる。
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参道は西向き。

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県指定天然記念物
佐ノ古大神宮イチイガシ
小郡市干潟字佐ノ古
 昭和四十五年五月二日指定
 イチイガシは,本州,四国,九州の暖地に生ずる常緑の高木で,台湾や中国にも分布している。また日本産の常緑のカシ類の中で,葉裏に黄かっ色の毛状のものを密生するものは本種だけなので,他種と容易に区別することができる。
 本樹は,県指定天然記念物に指定された当時は
根回り  一〇.四メートル
枝張り  東八.三メートル 西一〇.〇メートル 南一〇.〇メートル 北八.〇メートル
胸高周囲 五.三メートル
樹高   二三.五メートル
推定樹齢 約四〇〇年
の規模を有していて,樹勢は旺盛であった。しかし,昭和五十三年七月十三日,枝分かれした南の枝に落雷し,亀裂ができ枯れはじめた。その後受精保持のため,種々の施策を行い,昭和五十八年十二月には地元の要望もあり,再度の落雷を防止するために避雷針を設置した。なお,境内には「福田簑大藏朝臣種次墓弘治三年(一五五七)丁巳七月七日」という銘をもつ石碑もある。
昭和五十九年三月
小郡市教育委員会
境内掲示板




福岡県小郡市干潟
October 11,2014

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by sora07jp2000 | 2014-11-16 04:59 | 神社 | Trackback | Comments(0)