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2015年 03月 15日

若八幡宮 福岡県糟屋郡久山町久原

久原小学校の北隣。
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若八幡宮

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若八幡宮
江戸時代に書かれた『筑前國續風土記拾遺』(ちくぜんのくにぞくふどきしゅうい)によれば,立花道雪(たちばなどうせつ)の家臣城戸次郎左衞門(かしんきどじろうざえもん)・荒津伝兵衛(あらつでんべえ)両家の鎮守(ちんじゅ)だったものを現在の場所に移し,神殿(しんでん)を建てて村の鎮守(ちんじゅ)としたのがはじまりだったと伝えられています。昭和初期まで流鏑馬(やぶさめ)が行われていました。また,その頃までは鐘楼(しょうろう)があり,ゆかりの深かった頭光寺銘(とうこうじめい)の釣鐘(つりがね)がありました。
 本殿(ほんでん)は寛政(かんせい)十一年(一七九九),拝殿(はいでん)は慶応元年(けいおうがんねん)(一八六五)に建築(けんちく)されています。平成十三年(二〇〇一)に補修を行い,昔の面影を伝えています。本殿の西側に位置する薬師堂(やくしどう)は,十八世紀前半頃の特徴(とくちょう)を細部に残しており,三間社流造(さんげんしゃながれづくり)の本殿に復元(ふくげん)できることから,旧本殿であった可能性があります。境内(けいだい)には中世(ちゅうせい)の雰囲気を残す五重(ごじゅう)の塔(とう),正徳五年(一七一五)銘の町内最古の鳥居(とりい),絵馬(えま)など貴重な文化財が多く残されています。
平成17年 久山町教育委員会
社頭掲示板

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社殿修復記念碑
 社伝によると若八幡宮は,立花道雪の家臣城戸次郎左衛門 荒津伝兵衛が天正二年(一五七四)に東の小山上に神殿を建立し,久原村の産神としたとされます。
 もともと当社は城戸,荒津家の鎮守であり,弘長二年(一ニ六ニ)に創立され,伊弉諾命,仁徳天皇,海童命,事代主神を祀ります。現在の社殿は本殿が寛政十一年(一七九九)に拝殿が元治二年(一八六五)に建立されました。その後歴史を経るごとに傷みが増し,修理の必要が出て参りました。
氏子のみならず多くの方々には御理解と御協力を頂いて工事に至り,工法については調査の上,文化財的価値が高いことから修復工事といたしました。
今般めでたく落成の運びとなりました。
 ここに事業の概要を記して後世に永く伝えるものであります。
平成十三年十一月吉日
若八幡宮建設委員会
境内掲示碑

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薬師堂(やくしどう)
 本殿の西側にあるこの薬師堂は旧本殿であった可能性があり,注連縄鳥居(しめなわとりい)の両側にある石灯籠の「天和二壬戌(みずのえいぬ)年八月(一六八二)や手水石(ちょうずいし)の「奉寄進 元禄十四年(一七〇一)」の銘などから,三〇〇年以上前の建物とも考えられます。木造建築物としては,町内で最も古い建物と思われ,先人達が幾度となく修復し,大切に保存してきました。また,堂内の木彫りの薬師如来様も建物同様,古くから大切に伝えられた物です。
 今般,蟻害に因る痛みが酷く,樟(くす)材で作られた十一本の丸柱や残せる組物等は,再利用するために修復し,利用できない部分は,後世の参考のため,堂内に保存しています。尚,痛みがひどかった向拝(こうはい)の二本の柱も欅(けやき)材の新しい角柱と交換しました。
平成23年8月 若八幡宮氏子一同
境内掲示版

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環境指標の森
この森は,長期にわたり環境変化の状態を知るために指定したもので一定期間ごとに樹木の生育状態等を調査し,その結果を今後の対策に生かします。
昭和50年7月
福岡県 久山町
境内掲示版

村社 若宮八幡宮 粕屋郡久原村字口ヶ坪
祭 神
仁徳天皇,伊弉諾神,海童神,事代主神
由 緒
村老之説に弘長二年創立と云い傳ふ。明治五年十一月三日村社に定めらる。
祭神事代主は久原村字木崎無格社木寄神社として祭ありしを,大正十二年八月十三日許可を得て合祀す。
例祭日
九月九日
神饌幣帛料供進指定
大正十四年二月十九日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿,社務所兼神饌所
主なる寶物
御神鏡参面
境内坪数
三百坪
氏子区域及戸数
久原村字下久原,戸數一百戸
境内神社
象罔女神,天御中主神,須佐之男神,瀬織津姫神,速秋津姫神

一の鳥居:「明治十八年」{若八幡宮」「乙酉四月吉辰建之」
二の鳥居:「正徳五乙未」「若八幡宮」「二月吉辰」
灯籠A西:「延享四丁卯年」「若八幡宮」
灯籠B東:「若八幡宮」「五月吉祥日」「延享四丁卯年」
手水鉢:「奉寄進」「元禄十■(四?)」「三十巳」「久原下村 若者中」「九月𠮷日」
汐井台:「文化八未九月上旬」


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福岡県糟屋郡久山町久原
Feburuary 28,2015

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by sora07jp2000 | 2015-03-15 05:42 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 16日

乙宮 福岡県糟屋郡久山町久原

21号線,「上久原」の交差点から東。
新建川沿いの小山。
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乙宮(おとぐう)
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乙宮(おとぐう)・乙宮古墳群
 乙宮は十七世紀の火災で多くの記録を失っており,その由緒はよくわかっていません。祭神は豊玉姫命(とよたまひめのみこと),本殿はだんどか修理が行われていますが,棟札から十九世紀初頭の建物だと思われます。『筑前國續風土記拾遺』によると,江戸時代には宝満派の山伏成圓坊(せいえんぼう)が,九月九日の大祭を司っていたと伝えられており,修験との関わりが深い神社です。
 乙宮の本殿の裏には五基の古墳があります。いずれも盗掘されており,石室の石は抜きとられてしまっています。墳丘の規模は推定で直径六メートルから十二メートルです。低墳丘であること,主体部が竪穴式石室であった可能性が高いことなどから,古墳のつくられた時期は四世紀から五世紀代であったと思われます。
平成17年久山町教育委員会
社頭掲示板

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合社宮
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村社 乙宮神社 粕屋郡久原村字橋本
祭 神
豊玉姫神,大物主神
由 緒
不詳,養老四年四月再建日祭神大物主神は久原村字西無格社三輪神社として祭祀ありしを,大正十二年八月十三日許可を得て合祀す。
昭和三年十一月十七日村社に定めらる。
例祭日
九月九日
神饌幣帛料供進指定
昭和三年十一月二十二日
主なる建造物
本殿,弊殿,拝殿,社務所兼神饌所
主なる宝物
御神鏡三面
境内坪数
三百五十坪
氏子区域及戸数
久原村字中久原,一百戸
境内神社
大年神社(大年神)
鳥越神社(海童神)

一の鳥居:「橋本〜池上線道路改良工事の為再建」「乙宮」「平成十九年十二月吉日 中久原区」
二の鳥居鳥居:「平成十八年九月 台風により倒壊 ここに再建する」「乙宮」「平成十九年二月吉日建之」
狛犬:「昭和十四年四月」
養老四年=720年
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福岡県糟屋郡久山町久原
December 27,2014

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by sora07jp2000 | 2015-01-16 05:25 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 15日

白山神社 福岡県糟屋郡久山町久原

久山町久原。
21号線,犬鳴峠への坂の始まり。
「山の神」の交差点を西へ入ってすぐ。
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白山神社。

白山神社
 拝殿は大正九年(一九二〇),本殿は昭和二年(一九二七)の建立です。それ以前,白山神社は白山山頂付近の花ノ木原にありました。山頂付近には延享四年(一七四七)銘の石製の祠があり,現在も「上の白山さま」として信仰が続いています。現在の祭神は五十猛神(いそたけるのかみ)ですが,近世には白山権現社(はくさんごんげんしゃ)として,菊理姫神(くくりひめのかみ),伊弉諾命(いざなぎのみこと),泉道守神(よもつちもりのかみ)を祀っていたようです。
 白山は「首羅山(しゅらさん)」とも呼ばれ,伝承では天平年間の開山とされます。「筑前国続風土記」には,むかしは大社で,白山頭光寺泉盛院(はくさんとうこうじせんせいいん)を社僧とし,三百五十もの坊がありましたが,天正年間にすべて焼亡したと記載されています。現在も山内には坊跡や堂宇の跡が随所に残り,当時の繁栄の痕跡をよく残しています。
 毎年十一月には大祭が行われ,大晦日から元旦には獅子舞が奉納されます。
※境内神社 山ノ神社(大山祇(おおやますみのかみ))
平成21年 久山町教育委員会
社頭掲示板

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狛犬というより,完全に犬,愛らしい。

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大山祇神社。
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参道から東,ハロと飛行機雲。


村社 白山神社 粕屋郡久原村字松浦
祭 神
五十猛守
由 緒
昭和四年五月二日村社に列せらる,創立年代詳ならざれども往古より鎮座ありしことは古老の口碑に傳はれり。
傳説に曰く,聖武天皇天平四年三月僧源通勅命を奉ぜりとて社殿を造建し,二世源信を經て累代殷盛を極め,社僧本谷百坊,西谷百坊,別所百坊,日吉六十坊(或は山王五十坊とも傳ふ)あり,春冬兩度の大祭壯嚴に行はれ,毎年三月朔より十月迄は特に皇室の安穩基に家鎭護の祈禱を爲せりと伝ふ。元弘建武の兵亂を受け且つ寺坊中互に爭鬪し,本谷,西谷,別所の僧坊は盡く灰燼に歸し,日吉六十坊殘りて社頭の祭祀を奉ぜしも,天平十四年薩摩の兵燹に罹り,日吉も亦烏有に歸せり。後里民小祠を營み神社に最も縁故深き首羅山頭光寺を萬治年中村内に移し,其の寺僧をして祭事を司らしむ。
大正十三年二月二十七日許可を受け,同村字山の神無格社山神社に祭祀ありし,大山祇神を合祀と同時に字花の木原より現在の地に移轉す。
又社説に曰く,白山の宮本地は百済國より虎に乗じて天平二年に來朝し給ひ,先當山に地を示し給ふと也。其後天平四年三月聖武天皇源通和尚に詔ありて當山に建立し,二世源信和尚以降累代繁昌せり。觀念觀法の巖あり,俗に源通岩と云ふ。竈門山より峯入の節は今に二夜三日祈願あり,乗り捨て給ふ虎の猛威に恐れて郷人弓矢箭を以て是れを害せしが其の首より光明輝き化身を顯しければ,首を羅物に包み,埋めし所に二十一面觀世音菩薩を安置す。之に依り首羅山頭山頂上の本殿には春秋の祭禮ありて帝國安穏國家鎭靜の祈禱あり。本社宮造は直ちに紫宸殿を移し賜ひ,十五間四面の講堂ありて毎日無量壽經を讀誦し給ふ。
例祭日
十二月初卯日
主なる建造物
神殿,拝殿,渡殿,社務所
境内坪数
三百坪
氏子区域及戸数
百十二戸
境内神社
大山祇神社
末社
大山祇神社

二の鳥居:大正2年
狛犬:昭和13年11月


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福岡県糟屋郡久山町久原
December 27,2014

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by sora07jp2000 | 2015-01-15 05:10 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 16日

須賀神社 福岡県糟屋郡久山町久原

三輪神社から住宅街の細い道,
新建川の橋を渡り川沿いに東へ。
大通り,547号に出て,また橋を渡る。
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須賀神社
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須賀神社
 祭神は須佐之男神(すさのおのみこと)です。
 地元ではお祗園様と呼ばれ,七月に祗園祭が盛大に行われています。これは江戸時代から続いている者で,無病息災・豊作を祈願するものです。一日目は奉納相撲,二日目は万度(まんど)参りと清道(せいどう)まわりが行われます。万度参りは早朝から柿の葉を一枚づつ神前に奉納し一万枚になるまでお参りするものです。また清道まわりは清道と書かれた旗をもち,ハッピに赤い褌(ふんどし)姿で家々を回り五穀豊穣,家内安全を祈願するものです。
 現在の建物は昭和五十七に再建されたものですが,安政二年(一八五五)に台風のため修理したという記録が乙宮神社に残っています。
 境内にある石の祠(ほこら)は現在は乙宮(おとぐう)に合祀されている,愛宕神社のなごりです。
平成24年久山町教育委員会
社前掲示板

鳥居:「明治四十年六月吉日」「須賀神社」「中部落中」

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福岡県糟屋郡久山町久原
November 22,2014

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by sora07jp2000 | 2014-12-16 03:41 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 15日

三輪神社 福岡県糟屋郡久山町久原

久原本家という醤油屋さんと龍興寺の間。
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三輪神社
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庚申塔
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三輪神社
 昔は首羅山の印章と鍵を司る神として印鑰大名神社と呼ばれ,印鑰童子を祀っていたと言われています。本殿・神殿は江戸時代に建てられたものです。太宰府の山伏である成円坊が奉仕し,中村(中久原)の産土神でしたが,大正十二年に乙宮神社に合祀されました。
 拝殿には弘化四年(一八四七)に奉納された発句百首が二額(計二百首)残されています。墨で書かれた文字は消えつつありますが,久原・猪野・山田,その他広く篠栗・立花・名子までの人々の想いをみることができます。また境内には安政六年(一八五九)銘の庚申塔があります。
平成二十二年 久山町教育委員会
境内掲示板

鳥居:「明治四十一年二月𠮷日」「三輪神社」

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福岡県糟屋郡久山町久原
November 22,2014

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by sora07jp2000 | 2014-12-15 04:33 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 14日

木寄神社 福岡県糟屋郡久山町久原

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木寄神社
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 「木寄」という地名は,かつては「きよせ」とも呼ばれていました。昔この場所に伐採された木が集められていたからだと言われています。以前は新建川がすぐ近くを流れ,川を利用して運搬が行われていたようです。
 木寄神社は明神さまとも言われています。由緒はわかりませんが,社殿は江戸時代中ごろに造られたもので,それ以前から地域で信仰されていたようです。
 明治二年ころまでは白山神社の末社でしたが,大正十二年若八幡宮に合祀され,昭和初期にもとの木寄の社殿に復帰しました。祭神は事代主神(ことしろぬしのかみ)です。
 旧暦十一月四日に行われている木寄供日(くんち)ではどじょう汁をつくってにぎやかにすごします。
平成23年 久山町教育委員会
社頭掲示板

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右壊れた灯籠の竿に「文化二天」の銘。
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福岡県糟屋郡久山町久原
November 22,2014

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by sora07jp2000 | 2014-12-14 06:52 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 30日

★猪野川鏡桜 2 福岡県糟屋郡久山町山田

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川に下りる。

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福岡県糟屋郡久山町山田
March 28,2014

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by sora07jp2000 | 2014-03-30 03:02 | ★その他 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 30日

★猪野川鏡桜 1 福岡県糟屋郡久山町

斎宮から移動。
初めての道,曲がってみる。
川沿いの桜並木。
いいとこみっけ。
(^^)v

撮る。
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勝手に命名,「猪野川鏡桜」

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福岡県糟屋郡久山町山田
March 28,2014

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by sora07jp2000 | 2014-03-30 02:53 | ★その他 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 29日

★桜 久山町山田

天気よし。
桜満開宣言出る。
咲き始めたばかりなのに。

どこ行こう。
いつものごとくあてどなく出る。

35号線をおっちら南下。

久山。
猪野川の桜ば見てんど。

伊野皇大神宮前。
すばらしく満開。
しかし,山陰でまだ光が来ない。
掃除もしよんしゃあし。

んで,斎宮へ。
神社前の猪野川,桜,撮る。
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福岡県糟屋郡久山町
March 28,2014

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by sora07jp2000 | 2014-03-29 04:40 | ★その他 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 09日

黒男神社 福岡県久山町

久山へ。
黒男(くろどん)神社の再撮影。
前回は,2012年6月。
お天気悪かったから。
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しかし,雲が出る。
もろ逆光。
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 黒男神社は片山の麓にあります。祭神は神功皇后につかえていた竹内宿禰です。竹内宿禰を大将として兵士がこの山に陣をはったことから,「かため山」となり,それが「片山」となったと伝えられています。竹内宿禰を祖と仰ぐ一族,阿部氏が社をつくり「黒男神(くろどんしん)」と唱えたと言われています。
 かつては本殿・拝殿・玉垣・石鳥居などを完備していましたが,天正十四年(一五八八),薩摩兵によって焼かれたと伝えられ,その後阿部氏によって再建されています。
 咳を治す神様としても信仰されています。

平成25年 久山町教育委員会
社頭掲示板

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仲哀天皇崩御後,香椎宮から久山へ宮を移し,その守りの要となった。
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片山。

ひもろぎ逍遙:黒男神社



福岡県糟屋郡久山町
January 13,2014

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2014-03-09 05:35 | 神社 | Trackback | Comments(0)