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2016年 10月 29日

□入り海の夜明け 福岡県福津市渡 2016.08.23

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福岡県福津市渡
August 23,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-29 02:31 | □海 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 27日

◆大野教会堂 長崎県長崎市下大野町

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駐車場より




長崎県長崎市下大野町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-27 03:43 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 19日

□角力灘(すもうなだ) 五島灘 道の駅夕陽ヶ丘そとめより 長崎県長崎市東出津町 

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遠く五島列島
左:大蟇島 小蟇島 右:池島
大角力 母子島 小角力
沖磯

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遠藤周作文学館
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右奥:松島
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長崎県長崎市東出津町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-19 04:09 | □海 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 18日

◆出津教会堂 長崎県長崎市西出津町

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出津の集落、教会堂も見える。
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救助院
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ド・ロ神父記念館
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長崎県長崎市西出津町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-18 03:33 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 16日

枯松神社 長崎県長崎市下黒崎町

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祈りの岩

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市指定史跡 枯松神社
指定年月日 平成17年1月4日(旧町指定年月日 平成3年2月16日)
所 在 地 長崎市下黒崎町枯松頭

 慶長19年(1641)に禁教令が出されると、キリスト教信者への取り締まりはいっそうきびしさを増した。だが、その中にあっても、外海(そとめ)地区の多くの信徒達は潜伏して信仰を保ち続け、黒崎地区の潜伏キリシタンたちは、枯松の山頂にひそかに集まってオラショ(祈り)を伝承してきた。
 明治時代に入ると、信徒たちは此の地に神社を建立して、日本人指導者バスチャンの師であるサン・ジワンをまつった。現在の社殿は、昭和13年に建てられた旧社殿の老朽化ににより平成15年に旧来どおりに全面改装されたものである。なお、神社周辺には、板石を伏せて置くキリシタン墓が残っている。
 キリシタンをまつった神社は全国的にも珍しく、この地には長崎市内淵(ふち)神社の桑姫(くわひめ)大明神、東京都伊豆大島のおたあね大明神が知られるのみである。
長崎市教育委員会(平成20年2月設置)

参道設置説明板

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長崎県長崎市下黒崎町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-16 03:19 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 13日

◆黒崎教会 長崎県長崎市上黒崎町

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カトリック黒崎教会の歩み

1571(元亀2)年1月下旬頃、カブラル神父らが初めて外海地方を布教し、各地に15の教会が出来た。厳しい弾圧の中で、日本人伝道士バスチャン、次兵衛神父らの指導により、信仰を守り子孫に伝えた。
1865(慶応元)年信徒発見後、1867(慶応3)年クーザン神父が訪れ、辻村三次郎宅でミサが捧げられる。ここは信徒の集会所でもあった。
1871(明治4)年から新聖堂完成まで湯穴に聖ヨゼフに捧げられた聖堂があった。
1887(明治20)年 黒崎小教区として独立。
1897(明治30)年 信徒が増え、ド・ロ神父の指導により聖堂建設を計画。3つの候補地の中から、海からも山からも見える現在地に決定。信徒総出で3年ががりで敷地を造成。
1899(大正9)年12月18日計画以来23年、子供まで煉瓦運びに奉仕するなどの苦労の末、ロマネスク様式赤煉瓦造りの現聖堂が竣工。翌19日コンバス司教によりイエズスの聖心に献堂される。
1946(昭和21)年 アンジェラスの鐘新たに設置。
1955(昭和30)年 司祭館改築。
1962(昭和37)年 共同墓地整地。 1975(昭和50)年 教会霊園として拡張整備。
1989(平成1)年7月〜90年5月聖堂と石垣の改修。聖堂は70年、石垣は90年が経ち傷みが激しく各戸より多額の負担を行うとともに、黒崎出身者及び有志の浄財と献身的な奉仕により改修を行う。
1994(平成6)年12月信徒館落成。
1997(平成9)年3月駐車場などの周辺整備。計画以来10年、大改修が終わる。
 先人の足あとをここに記し、改修記念としてこの碑を建てる。
A.D.2000大聖年(平成12年)
カトリック黒崎教会
境内設置記念碑文


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黒崎教会 Googleフォト

長崎市公式観光サイト あっ!とながさき 黒崎教会


長崎県長崎市上黒崎町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-13 04:16 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 12日

□長崎県長崎市永田町から

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三重崎方向
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長崎県長崎市永田町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-12 03:55 | □海 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 11日

◆崇福寺 長崎県長崎市鍛冶屋町


長崎県長崎市鍛冶屋町
黄檗宗 聖寿山 崇福寺
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三門


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第一峰門 (だいいっぽうもん)
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四手先三葉栱 (よてさきさんようきょう)

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大雄宝殿 (だいゆうほうでん)

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媽祖堂 (まそどう)

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媽祖門より鐘鼓楼
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護法堂 (ごほうどう)

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長崎観光情報「ここは長崎ん町」/




長崎県長崎市鍛冶屋町
August 20,2016

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by sora07jp2000 | 2016-10-11 04:44 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 10日

□入り海の夜明け 2016.0811

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5:23

福津市渡

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by sora07jp2000 | 2016-10-10 04:38 | □海 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 09日

皇祖神社 福岡県飯塚市鯰田

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皇祖神社

玉依姫命(たまよりひめのみこと)(第一代 神武天皇の御母)
品陀和氣命(ほむたわけのみこと)(第五代 應神天皇)
息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后 應神天応の御母)

由 緒
 創立年代詳ならずも、神職有光家の旧録によれば其祖先は長州二ノ宮大宮司有光越後守時国の二男午之輔時安、故ありて當村に移住し、村民に神道の事を勧め遂に所の祠官となる。依って村民に氏神勧請のことを勧め、時安、村民と倶に御笠郡宝満宮に詣て、尊神を勧請し産神とし奉れりと云々。實に永世五年の頃なり。それより、子孫代々社食を継承す。社伝曰後奈良天皇享禄三庚寅社前に禅宗世尊寺を建立せしに、神慮に協はず云々、依って簀子を渡して寺を村下の端に移す、かくて里人愈々神慮を畏み寛永の頃迄は神幸等を為し奉り祭典も厳重なりしが、天和の頃より衰へたり。當時の神幸所を妹殿と言ふ、後に高木の神を勧請し神幸の例を以て年毎に八月朔日萬年願と唱へ本社に於て大神楽を奏し奉り、神幸跡高木神にも神楽を奏せり。寛永十五年社殿再建、天和二年神殿拝殿共に焼失し、同時に棟札縁起とも焼失す。元禄十三庚辰社殿再建。享保十三年左大臣基凞の書せられたる寶満宮の額面を奉納す。(此額字御笠郡寶満宮)現今別表神社旧官幣小社竈門神社にあり、本社は同宮の御分霊なれば写を申受たるべしと言ふも今記録の存するものなし。延享二年地頭野村隼人(旧福岡藩士)にして地行七千石當社を尊信し御供米として毎年一俵二斗一升八合を奉納し、神田六畝二十六歩を寄進せらる。嘉永二己酉年不浄の事あり拝殿を取毀す。明治二年許可を得て皇祖神社と改稱す。同時旧藩主黒田長知公皇祖神社の額字を書して奉納せらる、蓋し野村家の地行村たりし縁故に依る。
明治五年十一月三日村社に定めらる。
大正四年神殿渡殿拝殿改築
昭和十二年二月二十四日幣殿拝殿改築起工
昭和十三年五月十三日竣工

祭 日 四月十五日

境内社
 須賀神社   庚申神社
 猿田彦社   貴船神社
 猿田彦社   山神社
 庚申社    志賀神社
 金刀毘羅神社 盤屋神社
山神社
 天満神社
 貴船神社

飛地境内社
 皇祖神社   黒切鎮座
 福井神社   福井鎮座
 大行事神社  上村神社

主なる祭日
 元旦祭 一月一日
 祈年祭 三月十日
 例 祭 四月十五日
 大祓祭 六月三十日
 祇園祭 七月十二日
 八朔祭 九月一日
 宮日祭 十月二十一日
 新嘗祭 十二月五日
 大祓祭 十二月三十一日

その他の祭日
 紀元節祭 二月十一日
 明治節祭 十一月三日
 恵比須祭 十二月十日
 天長節祭 十二月二十三日

その他の祭典
 七五三祭●初宮詣●厄祓●自動車祓

社頭掲示板

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須賀神社
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金刀毘羅神社
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村社 皇祖神社 飯塚市大字鯰田字峯
祭 神
品陀和気命、玉依比賣命、息長足姫命

由 緒
創立年代詳ならず旧神職有光家の旧録に依れば其祖先は長州二の宮大宮司有光越後守時国の次男午之輔時安故ありて当村に移住し村民に神道のことを勧めしが里人の尊敬を受け後遂に所の祠官となる依りて村民に氏神勧請のことを勧め時安村民小鶴某と供に御笠郡宝満宮に詣て尊神を勧請し産土神とし奉れりと言ふ。社伝曰後奈良天皇享禄三庚寅社前に禅宗世尊寺を建立せしに神慮に協はず、十年余にして焼失せしかば里人再建したるに大蛇現はれ住めり里人之を恐れ産土の神に蛇の去らむことを祈りしに寺を神前に建つること神慮に逆らふとの霊告あり乃ち寺を村隅に移さむと誓を立てしかば程なく蛇去れりそれより其所を蛇牟田といふ牟田の上に簀子を渡して寺を移し寺号を改めて青雲寺といひ野村家の寺となれりかくて里人益々神慮を畏み寛永の頃迄は神幸等を為し奉り祭典も厳重なりしが天和の頃より衰へたり。当時の神幸所を妹殿と言ふ後に高木の神を勧請し神幸の例を以て年毎に八月朔日万年願と唱へ本社に於て大神楽を奏し奉る云々。
寛永十五年社殿再建。
天和二年神殿拝殿共に焼失同時に棟札縁起とも焼失と言ふ。
元禄十三庚辰社殿再建。
享保十三年左大臣基凞の書せられたる宝満宮の額面を奉納す(此額字御笠郡宝満宮(現今官幣小社竈門神社也)にあり本社は同宮の御分霊なれば写を申受たるなるべしと言ふも今記録の存するものなし。
延享二年地頭野村隼人(旧福岡藩士にして地行七千石)当社を尊信し御供米として毎年一俵二斗一升八合を神納し其神田六畝二十六歩を寄せらる(此田地は今神社名義となり現存す)。嘉永二己酉年不浄の事あり拝殿を取毀つ明治二年許可を得て皇祖神社と改称す同時旧藩主黒田長知公皇祖神社の額字を書して奉納せらる蓋し野村家の地行村たりし縁故に依る。
昭和十二年二月二十四日改築起工。
昭和十三年五月十三日竣工。
明治五年十一月三日村社に定めらる。

例祭日
四月十五日

神饌幣帛料供進指定
明治四十二年四月十九日

主なる建造物
神殿、幣殿、拝殿、神饌所、倉庫、籠殿、御手洗所

主なる宝物
宝満宮神額一面、皇祖神社神額一面、刀二口、掛聯一対、社記古文書記録集、萬㕝日記、木像狗犬一個、面五個

境内坪数
三百四十二坪

氏子区域及戸数
区域鯰田区一円、戸数約七百二十戸

境内神社
磐屋神社(大名牟遲命、少彦名命)
志賀神社(綿津見三柱神)
金刀毘羅神社(大国主神、崇徳天皇)
須賀神社(須佐之男命、稲田比賣命、事効主神)
天満神社(菅原神)
山神社(大山祇神)
貴船神社(高雄神闇雄神)
庚申神社(猿田彦神)
貴船神社(高雄神、闇雄神)

福岡県神社誌 上巻





福岡県飯塚市鯰田
August 08,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-10-09 04:18 | 神社 | Trackback | Comments(0)