<   2016年 05月 ( 18 )   > この月の画像一覧


2016年 05月 30日

射手引神社 1 福岡県嘉麻市上山田 2016.04.29


b0023047_03582306.jpg
b0023047_03583475.jpg
b0023047_03584209.jpg
b0023047_03585423.jpg
b0023047_03585963.jpg
b0023047_03590463.jpg
b0023047_03590931.jpg
b0023047_03595371.jpg
b0023047_03595737.jpg
b0023047_04000292.jpg
b0023047_04001168.jpg
b0023047_04002382.jpg
b0023047_04005757.jpg
b0023047_04010070.jpg

射手引神社
御祭神
旧香椎宮
神功皇后
仲哀天皇
中筒之男命
旧貴船宮
闇淤加美神
高淤加美神
天手力雄命
御由緒
当神社は、古くは香椎宮・貴船宮と称し各々別の神社で、香椎宮は尾浦に貴船宮は柿木に鎮座あったものを、宝暦十年(一七六〇)十一月三日両神社を合祀し、現在地に社殿を改築し一社となし、社号を射手引神社と改称しました。
(社伝)
古処の山麓や当地に住する羽白熊鷲なるもの良民をさいなむ。
神功皇后これを討伐されるおり難渋され給う。
貴船宮の社に休らい給いて、天手力雄命を祀り給い弓矢の加護を祈り給う。
雲々の間の光と共に天手力雄命、天の射手を率いて御加勢給いて征伐かなう。
神功皇后、貴船の神々に天手力雄命を祭神に加え祀り給う。
後に、里人香椎宮より御祭神を頂き尾浦の地に祀り奉る。
境内掲示由緒板

年中行事
元旦祭 一月一日
神幸祭 四月中旬
祗園祭 七月下旬
宮日祭 十月十七日
七五三祭 十一月十五日
大祓式 十二月三十一日
社頭掲示板

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市上山田
April 29.2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-30 04:06 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 27日

高木神社 福岡県嘉麻市熊ヶ畑


b0023047_04411143.jpg
b0023047_04412638.jpg
b0023047_04413151.jpg
b0023047_04413630.jpg
b0023047_04414225.jpg
b0023047_04415452.jpg
b0023047_04422137.jpg
b0023047_04422319.jpg
b0023047_04423104.jpg
b0023047_04423600.jpg
b0023047_04430066.jpg
b0023047_04431075.jpg
b0023047_04433426.jpg

村社 高木神社 嘉穂郡山田町大字熊畑字政處
祭 神
高皇産霊尊
由 緒
不詳建築応永二十七庚子年明治六年十一月三日村社に列せらる尚社説に嵯峨天皇十三年、英彦山神社神領方七里十方の郷村に四十八ヶ所の大行事社を産土鎮守神として勧請し奉る。当社は其の創立の一社なりと。
例祭日
十月八日
神饌幣帛料供進指定
昭和三年十一月九日
主なる建造物
本殿、幣殿、拝殿、神饌所
境内坪数
千七十三坪
氏子区域及戸数
熊ヶ谷区内一円 約百三十戸
境内神社
神武神社
木元神社

年中行事
元旦祭   一月一日
階作ごもり 六月下旬日
祗園再   七月中旬日
万年願   八月十六日
 相撲
霜月大祭  十二月中旬日
月清掃当番組
一日   十五日
社頭掲示板

b0023047_04484386.jpg
b0023047_04484736.jpg
b0023047_04521259.jpg
b0023047_04522218.jpg
b0023047_04532523.jpg
b0023047_04532883.jpg
b0023047_04535357.jpg
b0023047_04540877.jpg
b0023047_04544476.jpg
b0023047_04555501.jpg

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市熊ヶ畑
April 29,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-27 04:58 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 26日

高木神社 福岡県嘉麻市桑野 2016.04.29

b0023047_04272770.jpg
b0023047_04281230.jpg
高木神社。
b0023047_04283176.jpg
b0023047_04283556.jpg
b0023047_04284676.jpg
b0023047_04285170.jpg
b0023047_04292658.jpg
b0023047_04293302.jpg
村社 高木神社 嘉穂郡宮野村大字桑野字普門司
祭 神
高皇産霊神
由 緒
官幣中社英彦山神社所伝旧記に曰く筑前国嘉麻郡桑野村普門司産土神大行事宮者自上古彦山權現社爲補佐之摂社高皇産霊神垂結跡於彦山大行事殿矣所謂彦山之別社也云々于時嵯峨天皇弘仁十三年彦山霊山寺法蓮上人奉詔修法霊験殊顕仍蒙寺領七里十方檀那勅許於是法嗣第四世座主羅運上人爲寶祚無窮国土鎮護群生済利擬彌陀正覚四十八本願於三国豊筑境四十八箇所大行事社爲産土鎮守神奉勧請其創立之一社也云々、彦山記に言ふ(前略)自郡中惣社至五山者五智円満宝珠也。

(中略)

大正七年七月二日村社に列せらる。
例祭日
九月十三日
神饌幣帛料供進指定
大正八年九月四日
主なる建造物
本殿、幣殿、拝殿、社務所、兼神饌所、鳥居
境内坪数
五百八十一坪
氏子区域及戸数
桑野区の約三割 約六十戸
境内神社
瀑布神社



b0023047_04333582.jpg
b0023047_04334158.jpg
b0023047_04335716.jpg
b0023047_04341841.jpg
b0023047_04343470.jpg
b0023047_04344300.jpg
b0023047_04351011.jpg
b0023047_04351831.jpg
b0023047_04352886.jpg
b0023047_04354132.jpg
b0023047_04354894.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市桑野
April 29,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-26 04:37 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 25日

愛嶽宮小岳神社 福岡県嘉麻市上

b0023047_02544869.jpg
b0023047_02545920.jpg
b0023047_02545511.jpg
b0023047_02561474.jpg
b0023047_02565527.jpg
b0023047_02570305.jpg
b0023047_02570676.jpg
b0023047_02573230.jpg
b0023047_02580304.jpg
b0023047_02582548.jpg



村社 小岳神社 嘉穂郡宮野村大字上字熊本
祭 神
手力雄命
由 緒
不詳、再造寛文元年辛丑九月。明治五年十一月三日村社に被定。社説に景行天皇熊襲征伐の途上此の地に至り給ふとき、大神のご託宣により社殿を設け、上村をして厚く此の神を祭らしめ給ふ、これ当社の始めなりと。
例祭日
九月二十一日
神饌幣帛料供進指定
大正十一年一月十二日
主なる建造物
本殿、幣殿、拝殿、神饌所、鳥居
境内坪数
六百七十二坪
境内神社
天神社

福岡県神社誌 上巻

b0023047_03004907.jpg
b0023047_03005565.jpg
b0023047_03011834.jpg
b0023047_03012312.jpg
b0023047_03012929.jpg
b0023047_03013966.jpg
b0023047_03014565.jpg
b0023047_03021021.jpg
b0023047_03021783.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市上
April 29,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-05-25 03:07 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 24日

北斗宮 福岡県嘉麻市大隈町

b0023047_02001245.jpg
b0023047_02002200.jpg
b0023047_02002770.jpg
b0023047_02003326.jpg
b0023047_02004479.jpg
b0023047_02005423.jpg
b0023047_02052913.jpg
b0023047_02054478.jpg
b0023047_02054924.jpg
b0023047_02055479.jpg
b0023047_02060978.jpg

北斗宮由緒
北斗宮社有古文書 及
嘉穂郡誌 嘉穂町史に依る

祭神
天御中主大神 天地創造の中心の神
伊邪那岐神 天地創造の陽の神
伊邪那美神 天地創造の陰の神

祭日
一月一日 元旦祭
四月二十一日 二十二日 春季神幸大祭
七月三十一日 大祓(茅の輪くぐり)
十月二十一日 秋季大祭

由緒
人皇第三十八代天智天皇の御代(紀元一三三一)若木連と言う人、北斗星の信仰篤く益富山に北斗大明神として勧請し、延命長寿縁結びの神として尊崇を集めたのが北斗宮の起源となる。
天正六年龍造寺隆信の兵乱によって神殿が焼失するも御神体は樹齢二千数百年の大楠の下に奉安して安泰、以后大楠神社を祀る。
大楠神社は武運長久事業繁栄の神として尊崇さる。
(元禄十年筑前貝原好吉の古文書による)
天正八年三月秋月藩主秋月種実公現社殿を建立す
慶長年間黒田長政公筑前藩主となり当神を筑前十五神の中、一の宮と定め尚厂代の藩主の尊崇篤く年々数々の寄進を受く
明治四十二年二月四日、神社庁並に福岡県知事の認承により北斗宮と称す。
昭和五十二年五月壱千三百年祭を実施、社殿修復す
昭和六十三年十月神殿大改修社務所新築今日に至る

境内祭
祀神社
大楠神社、恵比須神社、玉姫稲荷神社、松尾神社

境内掲示由緒碑

縣社 下益神社 嘉穂郡大隈町大字大隈字宮山
祭 神
天御中主尊、伊弉諾尊、伊弉册尊
由 緒
當社は白鳳三甲戌年三月若木連と云ふ人下舛村上の山に勸請し北斗宮とす其後八百五十有餘年を經て天文元壬辰年仲秋當地に遷す天正六年社殿兵燹に罹り神體を裏田に遷す天正八年迄三ヶ年大楠の空洞中に鎮座せしむ同九年再び社殿を建築して當地に遷す秋月孫右衛大藏種實神器祭田等寄附す。
明治五年十一月三日村社に定めらる。下益神社と稱し本郡下益村村社なりしを同十五年九月十八日該村を廢し大隈町に合併す。大正十二年五月十二日鄕社に列せらる。
昭和八年五月九日縣社に列せらる。
特殊祭事
一月一日自一月七日迄星祭
例祭日
四月二十一日
神饌幣帛料供進指定
大正十二年九月十三日
昭和八年五月十六日
主なる建造物
本殿,弊殿,拜殿、社務所、神饌所
主なる寶物
貝原好古氏北斗神社緣起集三卷、狛犬一對
境内坪数
二千一坪
氏子區域及戸數
約二百戸
境内神社
天滿神社(菅原神、高龗神、埴安命、玉姫神)
大楠神社(大山咋命)
稲荷神社(倉稲魂神、恵比須神、事代主神)
貴船神社(高龗神)
山神社(大山祇命)


b0023047_02125563.jpg
b0023047_02130223.jpg
b0023047_02130700.jpg
b0023047_02132251.jpg
b0023047_02132602.jpg
b0023047_02135308.jpg
b0023047_02140382.jpg
b0023047_02140974.jpg
b0023047_02142099.jpg
b0023047_02143507.jpg

市指定天然記念物
北斗宮の大クス
昭和55年(1980年)3月8日指定 嘉麻市大隈町988番地1
樹高約45m、胸高周囲5.80m、枝張り約14mを測ります。貝原益軒の『筑前国続風土記』の中に記載された巨大な神木は、枯れてしまいましたが、現在のクスはその子にあたるもので樹齢600年と伝えられています。
嘉麻市教育委員会
樹元掲示版

b0023047_02174526.jpg
b0023047_02175204.jpg
玉姫稲荷神社
b0023047_02180184.jpg
b0023047_02184745.jpg
b0023047_02185290.jpg
b0023047_02224570.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市大隈町
April 29,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-24 02:22 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 22日

稲築八幡宮 福岡県嘉麻市漆生 2016.04.29

b0023047_03333547.jpg
b0023047_03334505.jpg
b0023047_03334827.jpg
b0023047_03335215.jpg
b0023047_03340504.jpg
b0023047_03341296.jpg
b0023047_03341920.jpg
b0023047_03342523.jpg
b0023047_03342940.jpg
b0023047_03351966.jpg
b0023047_03352386.jpg

稲築八幡宮縁起
創建
康和年間(1099〜1104)
祭神
応神天皇 神功皇后
比咩神
例祭日
十月十五日

神功皇后、軍を大分にて解き給ひ漆生産神の境内にてご休憩ありし時、里人、稲を敷きて御座を勧め奉れり
神の降跡たる秀麗なる山なれども時すぎ、世隔たりければ、汚穢の塵に交わりたらん事を、いといて頂き七尺をうかち、其所に稲一束を埋め、稲築山と号して其の上に社殿を建立し、中に八幡大神をあがめ、左に神功皇后、比咩大神を祝祭し奉る。
稲築の名は之に起因せり。

創建縁起、福岡県地理全誌、稲築町町史
社頭設置縁起碑

 八幡宮縁起の記録に、神功皇后が応神天皇とともに海から都にお帰りになる途中、漆生でお休みになったと言い伝えがあります。しかし、その場所を知っている人はいません。
 ところがこの漆生村で風景の優れた山の頂上を七尺ばかり掘り、ここに稲一束埋め、稲築と号して社殿を建立しました。この社殿が稲築八幡宮のおこりであり。稲築(いなつき)の名のおこりと言われています。
稲築町
社頭設置碑

村社 八幡宮 嘉穂郡稲築村大字漆生字本村
祭 神
應神天皇、神功皇后、比咩大神
由 緒
緣起に昔神功皇后応神天皇の古跡なりといへども厥土知る人なし邑の中に頂き平にして最優なる山あり神の降跡なるべし然れども時すぎ世隔たりければ汚穢の塵に交りたらん事をいとひて頂き七尺を鑿ち其所に稻一束を埋め稻築山と號して其の上に社殿を建立し中に八幡大神を崇め左に神功皇后右に比咩大神を祀祭奉り又云々(祭禮神幸燈のこと略す)天正十五年豊臣太閤秀吉公の御時に至りて(日本大小の社領多く沒収せられしとかや)當社の社領及末社の神田共に殘りなく沒収せられにき然れども村民貧富戮力神田良地を撰みて寄進し奉る八月十五日則ち放生會なれば昔の如く濱殿まで神幸の儀式はなけれども神事怠らず執り行へり云々(以下略す)
緣起の趣は如斯なれども御神禮の背銘に依れば當地宇佐神領となりたるとき神領の守護神として宇佐の神を勸請祭祀したることゝ認めらる緣起の著書は調査の茲に及ばざりしなり其銘文左の如し。
奉納八幡大菩薩稻築宮御神像之事右旨趣者爲祈申武運長久領土安全也抑當宮御神像乃康和年中太宰權帥季仲鄕奉寄綱別新莊于本宮御領之時草造新宮于此地而所奉安置他矣然多經歳月之故所々生損所誠不堪恐懼之由社司才田刑部屢依訴申令安畢、正平十三年戊戌極月旬八日、立岩領主到津大宮司宇佐宿禰公連敬白
寛永年中(漆尾村長政記に據れば寛永十五年十月也)拜殿再建棟札に
奉建立拜殿一宇、本願主當邑庄屋八尋長右エ門尉、村中各抽誠者云々(下略)寛永(此間磨滅)晩秋大吉佳良とあり。
明暦三年神殿再建棟札に奉上棟八幡宮寶殿一宇之事、右之再建立庄屋八尋半四郎中氏子云々(下略)明暦三丁酉十二月二十一日とあり。
元祿十三年神殿再建棟札に奉重建筑前國嘉穂郡漆尾村蓋久矣前是明暦三丁酉年四極下旬邑人改造之爾来曆歳四十餘包舊廟漸𣏓敗於是村民等于材木於直方之有司而相共經之營之云々(中略)郡有司中村玄三安重、母里源三郎久勝云々(下略)とあり附記直方の有司とは直方藩吏なり。
漆尾村長政記寛政十一年の條に此年大旱損なりしが御檢見は不請凡六十七八日旱於當社觸中より祈雨御祈禱御初穂は従御上附り天明六丙午年文月に於當社止雨の御祈禱有其後數度何れも觸中より今は觸中の宗廟と崇む云々。
文化二年拜殿再建棟札に奉再建八幡宮拜殿一宇、神主西田出羽守藤原重廣、大保正野見山與平治源正壽、村長野見山與市郎賢施主氏子中云々(下略)文化二乙丑年三月上九良辰とあり。附記漆生村長政記とは慶長五年より寛政十二年まで二百一年間漆生村に關する租税、土木、神社等のことを記したるものにて兩年號の一字を採りて長政記と題したるものなり、明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
十月十五日
神饌幣帛料供進指定
明治四十四年二月十六日
主なる建造物
神殿、幣殿、拜殿、社務所
境内坪数
千三百坪
氏子區域及戸數
稲築町漆生 氏子戸數六百戸
境内神社
大行事神社
鬼門神社
天滿宮
末社
貴船神社


b0023047_03415262.jpg
b0023047_03420448.jpg
b0023047_03420920.jpg
b0023047_03421401.jpg
b0023047_03423269.jpg
b0023047_03423704.jpg
b0023047_03425054.jpg
b0023047_03425927.jpg
b0023047_03431270.jpg
b0023047_03432100.jpg
b0023047_03441670.jpg
b0023047_03442010.jpg
b0023047_03442827.jpg
b0023047_03443529.jpg
b0023047_03444315.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市漆生
April 29,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-05-22 03:47 | 神社 | Trackback | Comments(2)
2016年 05月 19日

◆口春の大樟 福岡県嘉麻市口春 2016.04.29

b0023047_04030913.jpg
b0023047_04031549.jpg
b0023047_04031806.jpg
b0023047_04032300.jpg

口春三郎丸老樟の由来
口春には約二千年前弥生文化時代から人が住みついた。
当時この一体はうつ蒼たる原始林であったが我等の先祖により次々と開拓されたとき余りにも巨木であったためこの原始木を記念樹として残した。
いつの頃か大樟の下に観音堂を建立しこえを祟えた。
明暦年間(三二〇年前)永富本家八右衛門とその娘媚福沢本家四代組頭与右衛門村人と相諮り神木の周囲に石垣を築きその上に現存する梵字を刻んだ石碑を献立した。この石碑には献立者古江八右衛門の銘が辛うじてよめたが今は風雪に磨滅し大樟の巨根が之を捲き込んでいる。この由緒ある大樟には古い傳説がある。大昔村人が飼牛を川浜に放していたところ河童が水の中から出てきて牛の綱を引いて川の渕に沈めようとした。牛はたいへん怒って河童を地上に引き上げてこの大樟の下まで引きずってきた。河童は自分が悪かったと謝りこれから子々孫々に至るまでこの村の女子供には決して危害を加えないから命だけは助けてくれと泣いて頼んだ。そこで村人は河童を助けて帰した。その後口春では川中での溺死者がないと傳えられている。
この千年を越ゆる稲築町最古の大樟も昭和八年落雷のためその成長急に衰え巨木の根は露出し空洞ができ石垣も破損してこのまゝでは永久保存に堪えないとし口春公民館主催で村人相諮り浄財を持ち寄って石垣の改築嵩上土入れをして保存工事を完成した。
茲にこの大樟を神木として残し保存された古代からの先祖に感謝し之を子々孫々に傳えて永久に保存すべきものとする。
昭和四十五年(一九七〇年)七月二十八日   以上
 施工者筑穂町内住 庭師石工 大久保 要
口春公民館長 兼・部落長 安部 貞次誌

樹元掲示板


b0023047_04032707.jpg
b0023047_04040337.jpg
b0023047_04040732.jpg
b0023047_04041218.jpg
b0023047_04041663.jpg
b0023047_04042175.jpg




by sora07jp2000 | 2016-05-19 04:09 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 18日

厳島神社 福岡県嘉麻市口春

b0023047_02073046.jpg
b0023047_02073689.jpg
b0023047_02074153.jpg
b0023047_02074627.jpg
b0023047_02075671.jpg
b0023047_02081740.jpg

b0023047_02080065.jpg
b0023047_02080501.jpg
b0023047_02091270.jpg
b0023047_02091741.jpg

嚴島神社の由来
口春村は荘園時代から江戸時代になるまで宗像神領地であったためか戦國でもその災禍なく平穏であった
元久二丑年(西暦一二〇五年、七六五年前)に
宗像大宮司從四位摂津守氏國が口春守護神として
嚴島大明神を觀請し古代からの信仰の嶋沖津嶋から分霊された
その守護神は市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命の
三女神で安産の神として崇められ氏子で従軍したものに戦死者がなかったという靈験灼かな本尊とされている祭祀は春秋二回で
四月十六日産座祭 九月二十九日豊年祭
昔から続けられ他町村からの参拝者も多い
宝永五年(一七〇五年)福澤本家五代与次右衛門は神社を改築し新名池とそのシタの田面を御神田として奉納したことにより六角の紋章を賜る
大正十二年村人相諮り神殿中殿を新築拝殿を後退させて赤瓦葺きに改築した
昭和四十一年拝殿腐蝕傾斜のため全村人の浄財と勤勞奉仕により五月二十三日改築落成した
以上古文書等によりはっきりしたのだけを記錄し後の人に傳ゆるものである
昭和四十五年五月二十三日
部落長 安部貞次誌

社頭掲示版

b0023047_02120457.jpg
b0023047_02121368.jpg
b0023047_02122761.jpg
b0023047_02123996.jpg
b0023047_02130109.jpg
b0023047_02132499.jpg
須佐神社
b0023047_02133488.jpg
天照皇大神
b0023047_02141484.jpg
b0023047_02143206.jpg
b0023047_02143630.jpg
b0023047_02144145.jpg
b0023047_02153159.jpg
b0023047_02153977.jpg


村社 嚴嶋神社 嘉穂郡稲築村大字口春字キタ崎
祭 神
市杵嶋姫命
由 緒
 社藏の文書に元久年中沖津嶋より現今の地に奉移せりとあり附記舊神職等の口傳には宗像神領地の守護神なりと云ふ。
官幣大社宗像神社舊神職宗像忌子大宮司家の系譜に曰く(忌子大宮司後裔宗像繁所藏)宗像大宮司從四位下攝津守氏國元久二乙丑年領土嘉穂郡口春庄に社を建て身形大神宮を勸請す云々。
官幣大社宗像神社社家文書目録に(宗像神一緒郷文書巳上三通社藏書)一卷(中略)一久原大嘉穂郡河崎文書巳上一卷二通(中略)右撰用捨文書所目錄如件應永十六己丑卯月十四日大宮司宗像朝臣氏經、附記本文の目錄に對する文書は今社藏なし然れども河崎文書とあるのは領地の事を記したるものなるべしといふ、古老の傳ふる所に據れば本社從前は七月初午日御手洗池前頓宮に神幸の儀あり翌日神木銀杏の邊の假殿に御休息ありて流鏑馬及獅子舞を奏す終わり遷御ありしと言ふも今は廢絶せり附記本社近傍に的場と言ふ地名殘れり是れ昔時流鏑馬執行せし所又本社に古き獅子頭二頭を存す是れ昔時獅子樂を執行せし遺品なりと言ふ。
寶永年間建物目錄に神殿四尺七寸萱葺渡殿六尺に七尺瓦葺拝間二間に三間萱筵云々とあり。
寶永五年社殿を改築す本社一間四方こいた葺拝殿長三間横二間萱葺御拜一間四方瓦葺とあり。
明治六年十一月三日村社に定めらる。
明治十一年神殿幣殿を再建す。
例祭日
九月二十九日
神饌幣帛料供進指定
明治四十三年四月二十八日
主なる建造物
神殿,幣殿,拜殿,社務所
境内坪数
六百坪
氏子區域及戸數
稲築町口春 氏子數 百三十戸
境内神社
えびす神社
貴船神社
天滿宮

福岡県神社誌 上巻


Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市口春
April 29、2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-18 02:23 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 16日

若八幡神社3 福岡県嘉麻市山野 2016.04.29

b0023047_03301104.jpg

b0023047_03301811.jpg

b0023047_03302804.jpg
稲荷社略記
一、御祭神
倉稲魂命(クライナタマノミコト)〔五穀の神〕
大宮姫命(オオミヤヒメノミコト)〔鎮魂の神〕
埴安の命(ハニヤスノミコト)〔土の神〕
一、由緒
不詳〔当所には昭和の初期設立〕
一、例祭
二月初午日〔現在は近い日曜日〕

備考
☆現社殿は平成十二年十二月大洋住建代表中並喜久一氏と氏子会により再建
☆若八幡神社 天和二年[一六八二]の神社目録では、祭日は十一月八日(ふいごう祭の日)と記録されている。
※ 韛祭(フイゴウマツリ)…陰暦十一月八日、鍛冶屋・鋳物師・飾職など日頃[ふいご]を用いる家で、その守護神
金山彦命(カナヤマビコノミコト)[金物商の祭神・鉱山の神]
迦具土神(カグツチノカミ)[火の神]
稲荷大神など祭る神事
※ いなりのお火焼き(ホタき)…御火焚祭(オヒタキマツリ)
ふいご祭
 毎年十一月八日、緒地方の稲荷神社で庭火をたき、神饌を供して行う神事。
とくに[ふいご]を使う鍛冶屋・飾り屋などが守護神として祭り、参拝した。
若八幡神社氏子会

b0023047_04045867.jpg
b0023047_04051206.jpg

須賀神社〔祗園神社〕  略記
一、御祭神
大巳貴命(大国主命) 〔国作の神・医薬の神〕
素盞嗚命(須佐之男命) 〔病気全快祈願の神・軍神〕
稲田姫命        〔厄(流行病)全快祈願の神〕
一、創建
寛文元年(一六六一)六月十四日勧請 〔御宮遷祝言祝詞現存〕
一、祭日
七月十三日〔現在は十三日に近い土曜日〕
一,備考
※祗園神社を須賀神社に改称〔明治元年(一八六八年)神仏分離令による〕
※神殿再建 明治二十一年(一八八八年) 氏子中
※奉納 絵馬 明治廿三年(一八九〇年) 氏子中
須賀神社の例祭には山笠を建て、神楽を奏し、千燈明をかかげていたが、本年より山笠を中止
その山笠のもようを、絵馬として奉納
※社殿造営 大正九年(一九二〇年) 氏子中
※鎮座 参百年祭 昭和三十六年(一九六一年)七月二十八日 氏子中
※神殿修復・拝殿渡殿再建・常夜灯再建・境内整備(鉱害復旧等による)昭和六十三年(一九八九年)
※石鳥居 再建(鉱害復旧による)平成四年(一九九二年)一月吉日
※神額 再建 平成四年(一九九二年)七月吉日 氏子中

b0023047_04051698.jpg
b0023047_04084596.jpg
b0023047_04085009.jpg
b0023047_04092424.jpg
b0023047_04095256.jpg
b0023047_04095870.jpg
b0023047_04100356.jpg
b0023047_04103109.jpg
b0023047_04103568.jpg

村社 若八幡神社 嘉穂郡稲築村大字山野字神宮司
祭 神
仁徳天皇、大葉枝皇子、小葉枝皇子、䳄鳥皇女
由 緒
社傳に創立年代詳ならず社藏の鉾に天喜元八月十八日とありと云ふ然れば天喜年間以前の創立たるべきも今確徴を得ず(天喜の銘のある鉾は寶曆年中盗難に罹り亡失す)
大宮司從五位下山野冠者宇佐公高豊前到津筑前立岩別府の領主たり後冷泉天皇御宇寛元二年居城山野村に宇佐八幡の御分靈を勸請す(舊宇佐大宮司到津家文書)當地宇佐の神領たりしを以て寛元二年宇佐八幡宮を勸請し祝部を置き神宮寺を建立し、座主別當を配置して宇佐大宮司より守護奉仕の社となり其代官祭事を掌れり天文年間に至り宇佐公澄此地に移り住す夫れより其の子孫世々奉仕することゝなり公澄永禄年中豊後大友の爲に亡さる其子宇佐公憲其後を享くと雖本社の社領は漸々減少せられ大坪一町石町一町二反餘神饌料として殘りしも是亦沒収せられ漸く其書付寫のみ社家の家に殘れり、永禄七年までは神幸の儀ありたれども其後廢絶せり古来年中數度の祭禮ありしも亂世の砌より多く廢絶せりと云ふ今殘れるは八月社日の日の大祭(種々の儀式あり又此の祭は一村三人迄に絶ゆるとも怠るまじとの誓願に依る所なりと云ふ)九月十九日例祭(此祭前夜より神樂を奏す)小祭は三月百手祭四月麥初穂祭六月氷室祭八月早稻初穂祭霜月丑の祭なり然れども其の儀は昔日の形計りなり、往昔は神宮寺あり何時の世にか絶へて今の神社の側に其後殘れり(薬師堂存す)往昔神幸所の跡に五百羅漢の石佛あり、文永八年五百羅漢を彫刻し諸事宇佐神宮に準じ勤行せられたりと云ふ(今三百四五十斗あり)其側に穴あり(俗に伊勢高野と云ふ)此の中に立石あり一は伊勢大神八幡大神春日大神とし一には文字摩滅して讀み難し只「天神、文永八年六月十三日主妙道」の文字を讀み得るのみ。
薩埵之聖廟也今年再興故殿而復舊規矣云云(下略)
元中二年秋月城主秋月種氏鍔口一口を奉納す、永禄七年宇佐大宮司公澄神殿再建、當時本社の神領は山野村平恒村、堀池村、西田村、入水村、高倉村なり。
寛永二十一年筑前國大守黒田忠之公拜殿一棟造營寄附せらる元禄十年拜殿再建安永三年御拜造建す。
附記本社祭事の事寛元二年宇佐八幡宮の御分靈を勸請すとあるも現在祭神は宇佐神宮の祭神にあらずして若宮の祭神に同じ又天喜元年の鉾ありたれば元来神社ありて之に宇佐の分靈を合祀したるもの歟今古傳を失して分明せず又寛文七年の棟札に依れば云々亦應神八幡薩埵の聖廟也とあり然ば宇佐本宮の祭神と若宮とを合せ祭りし如くも今確徴を得ず。
明治二十五年七月五日村社に定めらる。
明治四十年八月十五日拜殿、弊殿を再建す。
明治四十三年七月三十日字祇園山無格社須賀神社と本社境内と合併須賀神社同境内神社は村社の境内神社とす。
例祭日
九月二十三日
神饌幣帛料供進指定
明治四十二年三月六日
主なる建造物
神殿、弊殿、拜殿、倉庫
主なる寶物
永禄七年宇佐大宮司公澄公神殿造營の棟札一枚
寛永二十一年黒田忠之公拜殿寄附の棟札一枚
至德二年秋月種氏公寄進の鰐口一
文永八年僧妙道寄進の五百羅漢の石 約三百個
境内坪数
千六百二十坪
氏子区域及戸数
山野 約三百三十戸
境内神社
磯崎神社(大巳貴神、少彦名神)
稲荷神社(倉稲魂命、大宮姫命、垣安命)
須賀神社(大巳貴神、素盞嗚神、稲田姫命)
高木神社(高木神)
神明神社(天兒屋根命、武御雷命、經津之命、少彦名命、他三神)

福岡県神社誌 上巻

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市山野
April 29,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-05-16 04:21 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 15日

若八幡神社2 福岡県嘉麻市山野 2016.04.29

b0023047_03155050.jpg
b0023047_03161575.jpg
b0023047_03162434.jpg
b0023047_03164126.jpg
b0023047_03164903.jpg
b0023047_03165568.jpg
b0023047_03171577.jpg
b0023047_03172404.jpg
b0023047_03173632.jpg
b0023047_03183354.jpg

天満社略記
一,御祭神
埴安神(ハニヤスノカミ)[土の神]
菅原神(スガハラノカミ)[学問の神]
一,祭日
[天和二年(一六八二年)神社目録・・・六月二十五日]
一,旧鎮座地
山野字緑口

経晴社(ヘバルシャ)略記
一,御祭神
天兒屋根命(アマノコヤネノミコト)[血縁的祖神・藤氏の春日神社の御祭神]
武甕槌命(タケミカヅチノミコト)[国土平定神・武神・鹿島神宮の御祭神]
《武御雷命》
経津主命(フツヌシノミコト)[国土平定神・武神・香取神宮の御祭神]
一,祭日
六月一日(近い日曜日)[天和二年(一六八二年)神社目録・・・九月十九日]
・五穀豊穣・家内安全祈願祭・・・山野農事区・氏子会共催
一,旧鎮座地
山野字鍛冶屋

山神社略記
一,御祭神
大山祇神(オオヤマツミノカミ)[山の神]
一,旧鎮座地
山野字嘉蔵

現人社(アラヒトシャ)略記
《荒比登社》
一,御祭神
少彦名命[国作神・国土修理の神]
一,[天和二年(一六八二年)神社目録・・・九月十九日]
旧鎮座地
山野字奥辻
※明治四十三年政府合祀令により当所に四社合祀
若八幡神社氏子会

摂社脇掲示版

b0023047_03273367.jpg

水神棚記   若八幡神社 氏子会
一、祭神
水波能女神(ミツハノメノカミ)(水の神)
御井神(ミイノカミ)(水舎の神(ミズヤノカミ)
水分神(ミクマリノカミ)(灌漑の神(カンガイノカミ)
一、例祭
秋分の日
一、献饌品目
御供五本・煮しめ〔蓮根・里芋・蒟蒻〕
川魚・栗・柿 これらを四方のわらわんに少しずつ入れる。
米一升・神酒一升・鯛一匹
※饗膳(キョウゼン)を受けた楽方は白門川で潔斎(ケッサイ)〔この時平(ヒラ)の鯛の頭を川の中に投げ込む〕
柳の小枝をとりて、水神棚にささげ、水神に参拝する。
※この近くに泉があり、往古より、飲み水や近くの田を潤していたが、明治三十一年二月十一日鼠尾に三井山野第一抗が、明治三十一年六月二十九日畝割(セワリ)に第二抗が抗口を開くや、まもなく水が漏れてしまった。


Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県嘉麻市山野
April 29,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-05-15 03:39 | 神社 | Trackback | Comments(2)