<   2016年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧


2016年 03月 29日

天照神社 福岡県宮若市磯光

b0023047_04251662.jpg
b0023047_04252565.jpg
b0023047_04253635.jpg
b0023047_04254076.jpg
b0023047_04254536.jpg
b0023047_04260284.jpg
b0023047_04261164.jpg
b0023047_04263437.jpg
b0023047_04264484.jpg
b0023047_04265151.jpg
b0023047_04265678.jpg
b0023047_04275736.jpg
b0023047_04280117.jpg

天照神社
(天照宮)
所在地
福岡県鞍手郡宮田町大字磯光字儀長
祭 神
 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと),八幡大神(はちまんだいじん),春日大神(かすがだいじん),応神天皇(おうじんてんのう),天児屋根命(あめのこやねのみこと)
 犬鳴川右岸の宮田町磯光に鎮守する天照神社は,古代から中世に栄えた粥田荘(かいたのしょう)の惣社として古くから人々の信仰を集めた神社として知られています。
 天照神社の由来は,貝原益軒著の「鞍手郡磯光神社縁起」によれば,饒速日尊(にいはやひのみこと)が垂仁天皇十六年に宮田町の南に聳える笠置山頂(四二五メートル)に降臨し,同七十七年に笠置山頂に奉祀(ほうし)したことに始まります。その後,千石穂掛谷,明野(脇野)と移り,延慶元年(一三〇八)年に,白き鶴の住む里に廟を遷すべしとの神託があり,西国探題惣政所玄朝(さいごくたんだいそうまんどころげんちょう)の造營により,現在地に移されました。
 例祭のうち,四月の春季大祭は,往時の百手祭(ももてさい)にちなんで五穀豊穣を願い,七月に行われる夏祓祭(なつはらえさい)(御獅子様),祗園祭,夏越祭(輪越祭)は,疫病から人々を守り,豊作の平穏無事のため悪霊を祓うものです。また十二月三日の恵比須祭も大変な賑わいをみせます。
 隔年で行われる御神幸祭では,鶴田の日吉神社まで優雅な高張提灯行列があり,厳粛な祭の中に幻想的世界をみることができます。
 境内には古墳の枕付石棺を転用したと言われる梵字板碑(ぼんじいたひ)(不動石)や貝島大之浦炭鉱の山神社を合祀した大之浦神社があるほか,一八六一年(萬延(まんえん)二年)現在の遠賀鞍手両郡の石炭経営者に当たる,遠賀鞍手両郡御仕組焚石山元(おんしくみたきいしやまもと)が奉納した石燈など,石炭採掘草創期の活気と賑わいを彷彿(ほうふつ)とさせてくれます。

平成八年三月
天照宮氏子会
宮田町教育委員会
境内掲示由緒

b0023047_04312558.jpg
b0023047_04313666.jpg
b0023047_04314731.jpg
b0023047_04321600.jpg
b0023047_04322316.jpg
縣社 天照神社 鞍手郡宮田町大字磯光字儀長
祭 神
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊,八幡大神,春日大神,應神天皇,天兒屋根命
由 緒
 垂仁天皇十六年當郡宮田村笠城山に降臨長屋山筒男に神勅有て笠城山の麓三井か淵に大いなる鮧住てしば〈(くり返し記号)人を食ひしを,殺さしめ玉ふ鮧の背に鞍を掛けたる如くなる所有し故に淵の名を鞍掛の淵と言ふ其の時大神の授け玉ひし劔にて伐る其の血を洗ひし時川の色赤くなる故に其の所を血色の淵と言ふ磯光本城の間に有り,同帝七十七年戊申の春笠城山の嶺に神殿を造る鄕民鞍手々と言ひしを一郡の惣名となれり又稻の初穗を麓の谷に掛て大神に奉る故に其の谷を穗掛谷と言ふ十九代允恭天皇の時社野火にかゝる又高山に老幼の輩登る事なやみ有とて麓の穗掛谷に宮所を移す其の時數千の石を集めて其の上に神殿を建しかば後世其の所を千石原と言ふその後天長五年の冬明野の里に宮殿を建移し奉る今の脇野是なり,又三代實錄に陽成天皇元慶元年十二月十五日筑前國正六位上天照神に從五位を授け玉ふと有は當社他其の後九十五代花園天皇延慶元年或る人の夢に大神告て曰く白き鶴の住む所に廟を移すべき由示し玉ふ然るに今の鶴田の里に白鶴雌雄二羽來る依て明野より移轉す鶴田村と名づく宮造は西國の探題惣政所玄朝建立と棟札あり社田町五反寄附有しに足利の世に沒収せらる今は村内に古神田と言ふ字殘れり延寶八年直方の領主黑田伊勢守長淸舊廟を造營す。
明治五年十一月三日村社に被定。
昭和十一年四月十一日縣社に列せらる。
尚社説に述ぶる所次の如し
垂仁天皇七十七年戊申の春,鎭西の靈峯笠木の山嶺に饒速日命を奉祀せるに創る。
當社が饒速日命を祭祀して天照神又は天照大神を奉稱せるは舊事本紀の故實を體し神威の宏大無邊なるを敬仰せるに依る所なりと傳ふ。
庶民當社を天照宮と敬稱し崇敬殊に篤く地方信仰の中枢たり畏くも朝廷御尊崇の史實を初め歴代地方武門武将將藩公領主等の尊敬篤く,地方稀なる大社として祠官又三十餘家に及びて祭儀の壯嚴今も尚昔日を偲ぶもの多かりしと雖も,足利の亂世に及びて地方戰亂の災に依りて神領神田を初め神寳什器古文書等の多くを奪取亡失せらるゝに及び,祠官又累代の主座長屋家を殘して地方に離散せりと傳ふ。
年每の稻の初穂を捧げて山嶺の神に斎きしと傳ふる穗掛谷を始め,沖殿,浮殿,神田等往時を語る遺跡の地名今も多く殘れり。
所載の史實並竝ぶ社記等に依りて按ずるに,三代實錄に陽成天皇元慶元年十二月十五日辛巳,授筑前國正六位上天照神從五位下。
是て當社への畏き御尊崇の儀にして,又大日本史に
 天照神社今在鞍手郡磯光村元慶元年自正六位上進從五位下
と所載せられ,又筑前続續風土記同拾遺を初め筑陽記筑前早鑑太宰宰營内誌等の地方文献に詳なり。
後二條天皇徳治三年戊申三月,西國探題惣政所玄朝社殿を造營し神寳を寄進す。後足利執政の代に至り粥田庄領の制定まるや,當社を庄領の惣廟と定め,庄内惣祀の守護神と斎き社殿の修覆祭祀の嚴修を期せしめたりと謂ふ。後黑田氏の入國以來藩公領主の崇敬又篤く元禄八年直方領主黑田長淸公社殿悉くを造營し,又貝原篤信に命じて當社緣起を起草せしめられたるを初め筑前國主松平備前守黑田齋淸公に渉りて社殿の造營修覆黑木鳥居祭器神寳遷宮料初穗料等の奉獻累代に及ぶ又隔年恒例の神幸式を初め年中重要の祭儀には,特に警固の爲藩士公史を遣はして其の壯重を期せしめられ,又藩公領主の社參等數十度に及びて其の崇敬殊に篤かりき。又郡奉行其他歴代の公種諸國體よりの祈願奉賽等により奉獻せられたる刀劍祭器神寳繪馬等數多く,地方庶民の信仰篤きを偲ぶに足るもの亦多し。當社所藏古文書,古記錄神寳の内由緒資料としての主なるもの
 延寶寶曆正德文化各年間に於ける奉納書四通
 惣社號達書。粥田庄惣廟天照宮末社記及同上神明記各一通。
 古券文徴。殿様御社參帳。御神事祭事次第。御神幸山笠格式帳。天照宮縁記付錄。棟札六枚。
元錄六年石鳥居。不動石。石佛。其の他寶物各種。庶民奉納物,萬延二年鞍手遠賀兩郡 石山主を初め,當時唯一の輸送期關たる川舟關係者等により奉建せられたる石灯籠二基は現在筑豊炭田開發當初を語る随一の好古資料として尊重せらる。
例祭日
 四月十一日
神饌幣帛料供進指定
 明治四十年一月十九日
主なる建造物
本殿,弊殿,拜殿,奉拜所,神饌所,祭器所,參籠殿,繪馬殿,神樂殿,神輿庫,神門,透塀,水舎,境内末社々殿,社務所
主なる寶物
緣起一軸,同付錄一軸,古鏡一面,劍一振,短刀一振,太刀五振,繪扇一握,獅子頭一対對,神輿一台臺
境内坪数
 一千三百八十三坪
氏子区域及戸数
宮田町本城區,龍德區,鶴田區,生見區,脇野區,千石區,磯光區,小竹町,兵丹區,直方市,尾崎區
境内神社
鹿島神社(鹿島神,菅原神)
諏訪神社(健御名方神)
西海九神社(底筒男神,中筒男神,表筒男神,底筒男少童神,中筒少童神,表筒少童神,八十禍津日神,大直日神,神直日神,湍津姫神)
住吉神社(底筒男神,中筒男神,表筒男神)
疫神社(八十禍津日神)
攝社
笠城神社(饒速日尊)
穂掛神社(饒速日尊)
以上二神社は當社上宮中宮として各遷御の古宮地に祭祀せられ古來より攝社として奉斎せらる
末社
生子神社
須賀神社
劍神社
日吉神社
男田神社
乙十神社
貴船神社

福岡県神社誌 上巻

垂仁天皇十六年=BC19年 上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧 Wikipedia.jaより
垂仁天皇七十七年=AC48年

狛犬A:「文久二年■」「九月𠮷日」1862年
三の鳥居:「元禄六年龍次癸酉仲夏𠮷日同郡氏子中」1693年「筑前国鞍手郡磯光村神社石鳥居」「小川権左衛門尉氏信興立之」
     「再建昭和■十年九月𠮷日」「再建奉献者 施主 佐野淳一 石工 大塚石材 宮司 長屋乙之」
燈籠C:「萬延二年辛酉」1861年
社務所前狛犬:「宮田 石工 勝木謙太郎 磯光區 佐野舛太郞」

神門横狛犬:「文政七甲申九月 宮田村大庄屋 𠮷柳作十郎利房」1824年

天照神社 2012.7.15

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県宮若市磯光
February 28,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-03-29 04:40 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 25日

中島祇園神社 大分県由布市湯布院町川上

湯布院北の住宅街の中
b0023047_03281233.jpg
b0023047_03281702.jpg
b0023047_03282126.jpg
b0023047_03282626.jpg
b0023047_03283139.jpg
b0023047_03283864.jpg
b0023047_03285123.jpg
b0023047_03285446.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



大分県由布市湯布院町川上
February 27,2016

iPhone6+




by sora07jp2000 | 2016-03-25 03:32 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 24日

天祖神社 大分県由布市湯布院町川上

湯布院,金鱗湖の畔。
b0023047_05010188.jpg
b0023047_05005737.jpg
b0023047_05015399.jpg
天祖神社
b0023047_05021686.jpg
b0023047_05023115.jpg
天祖神社
鎮座地
 湯布院町大字川上
   字弓矢一七五〇番地
御祭神
 天御中主命
 素戔嗚男命
 軻遇突智命
 事代主命

御由緒
人皇第十二代景行天皇御宇十二年速津媛に勅して皇祖靈神を祀りたるを当神社の創始となす
明治九年村社に列せらる

拝殿掲示由緒

鳥居:「天保七申年 正月」「天祖神社」「奉再建」1836年

b0023047_05045845.jpg
b0023047_05050697.jpg
b0023047_05052121.jpg
b0023047_05053340.jpg
b0023047_05055919.jpg

Panoramio 石津安信:Explorer



大分県由布市湯布院町川上
February 27,2016

iPhone 6+



by sora07jp2000 | 2016-03-24 05:08 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 22日

神崎神社 大分県由布市湯布院町川上

湯布院,金鱗湖の北の集落内
b0023047_04144573.jpg
b0023047_04144986.jpg
b0023047_04145468.jpg
b0023047_04150986.jpg
b0023047_04151405.jpg
b0023047_04151963.jpg
調べてみたけれど何も分からず。



大分県由布市湯布院町川上
February 27,2016

iPhone6+



by sora07jp2000 | 2016-03-22 04:19 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 21日

厳島神社 福岡県飯塚市鹿毛馬

飯塚市鹿毛馬(かけのうま)
鹿毛馬川の畔
b0023047_05301889.jpg
厳島神社
b0023047_05303841.jpg
b0023047_05304284.jpg
b0023047_05310529.jpg
b0023047_05312191.jpg
b0023047_05313567.jpg
b0023047_05315190.jpg

厳島神社
御祭神
御祭神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと),田心姫命(たごりひめのみこと),湍津姫命(たぎつひめのみこと)
由 緒
 当社は日思山の山上に建立され,聖武天皇の御時(七二四年〜七四九年)御社の東に宮司の坊(浄福寺)を建立。以後延文年中(一三五六年〜一三六一年)まで筑前,豊前両国の衆民により祭られていた。しかし山上であるため参詣に不便なことから延文年中,本社三女神を筑前国鹿毛午村へ遷し奉り天照皇大神豊前国神崎村に遷し,共に両村の産土神として祟奉られる。その後山上の社殿は野火の為焼亡したがその礎石は今も現存している。
永世岩塩(一五〇四年)神殿並びに社屋を再建。(大願主清原兼通敬白の棟札有り)村人百六十六名と共に祭事を執り行っている。(文亀三年の宮座帳より)
 明治三十二年(一八九九年)縣社に昇格。嘉穂郡誌には「郡内唯一の縣社にして社地は広大ならざるも,高燥にして清浄なり」と記されている。
昭和七年(一九三二年)神殿,弊殿,拝殿を再建し現在に至る。

牧野神社(本社相殿)
御祭神 狭野命(さぬのみこと),保食命(うけもちのみこと),大山積命(おおやまつみのみこと),倉稲魂命(宇賀の御魂の尊)
由 緒
山麓の野に多くの馬が群れるのを以て牧を開き,その馬を献上していた。しかし毎日馬を使うことは荒ふる故に当郡中,全てに五月朔日より七日までの間,馬を使うことを禁止し,その間大祭を執り行っていた。
文暦年中(一二三四年)牧を廃し以後神社も荒廃するにしたがい元亀年中(一五七〇〜一五七二年)本社の相殿に遷し奉る。

境内掲示由緒


縣社 嚴島神社 嘉穂郡頴田村大字鹿毛馬字宮
祭 神
市杵島姫命,田心姫命,湍津姫命
由 緒
 創立年月日不詳記豊前國宇佐島より筑前國宗像郡沖津島に鎮座の時當村日尾山を越給ふ古實を以て景行天皇御宇三女神を祭り今に社殿神石柱石等残れり後光嚴天皇延文年中(附記,後光嚴天皇は所謂北朝の天皇なり又延文年中は所謂北朝の年代にて吉野朝の正平十一年より十五年に至る間なり今の社地字宮に遷座産神と祟奉る。
明治三十二年七月二十四日縣社に列せらる。
例祭日
 九月九日
神饌幣帛料供進指定
 明治四十年一月十九日
祭 神
狭野命,大山積命,保食命,倉稲魂命
由 緒
 神武天皇御幼名狭野命と申奉る時筑紫を囘り給ふとて豊前國より此村に移給ふ馬牧より足毛の馬を奉り其馬に乗せ給ひ嘉穂郡馬見村へ出給ふ迄老翁見送り奉るより當村駈馬村と唱ふ村稱の起源也其時天皇宣命に依て郡中五月牛馬を田に仕役をなさゞる日五日あり即ち朔日より五日迄牛馬忌み日と唱ふ元龜三年より明治二年まで五日を三日に縮む明治二年の時の郡令澄川春吉郎發言して牛馬を忌む事農事に支を以て三月一日より五日迄神祭執行して忌みを除く口實社記に詳なれども略す,今に牧跡大石を以て区域を残す顯然なり。
例祭日
 三月一日より三日迄
主なる建造物
 神殿,弊殿,拝殿,社務所
主なる寶物
 大乗妙典一部,手力雄額面
境内坪数
 五百九十二坪
氏子区域及戸数
 一百十戸,鹿毛島全區
境内神社
 須賀社(素盞嗚命)
 稲荷社(保食命)
 徳滿社(大巳貴命)


b0023047_05362479.jpg
b0023047_05364487.jpg
b0023047_05364814.jpg
b0023047_05370625.jpg
b0023047_05371549.jpg
b0023047_05373074.jpg
須賀社・稲荷社(左),徳滿社(右)

b0023047_05390214.jpg
b0023047_05390523.jpg
b0023047_05393176.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県飯塚市鹿毛馬
February 21,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-03-21 05:42 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 13日

許斐神社 福岡県飯塚市幸袋

b0023047_04385294.jpg
b0023047_04391068.jpg
b0023047_04391987.jpg

郷社 許斐神社 嘉穂郡幸袋町大字幸袋字城腰
祭 神
 天太玉尊,天児屋根命,鈿女命
由 緒
 不詳明治五年十一月三日村社に被定。
 昭和四年九月五日郷社に列せらる。
 創立年月日不詳なれども地方の古社として,古来藩主及郡中の庄屋保正等の尊崇極めて篤し。
例祭日
 九月十九日
神饌幣帛料供進指定
 昭和三年九月四日
 昭和四年九月十四日
主なる建造物
 本殿,弊殿,拝殿,社務所,手水舎,透塀
主なる宝物
 棟札二枚
境内坪数
 一千四百九十三坪
氏子区域及戸数
 幸袋區 約五百五十戸
境内神社
 貴船神社(高龗神 闇龗神)
 須賀神社(須佐之男神)
 志賀神社(綿津見神)
 天滿神社(菅原神)
 蛭子社(事代主神)
 那智社(事解之雄神)

福岡県神社誌 上巻

狛犬:「青銅狛犬ハ大東亜戦争ニ供出セラレタリ仍而茲ニ石刻狛犬ヲ再献ス 昭和十八年九月十八日」


b0023047_04392429.jpg
b0023047_04392914.jpg
b0023047_04394456.jpg
b0023047_04395886.jpg
b0023047_04422641.jpg
b0023047_04423318.jpg
b0023047_04424890.jpg
b0023047_04430058.jpg
b0023047_04431169.jpg
b0023047_04443765.jpg
b0023047_04441190.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県飯塚市幸袋
February 21,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-03-13 04:48 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 08日

絹干神社 福岡県鞍手郡小竹町

宮若市から小竹町へ,峠を越えて下る。
右手に鳥居が見えた。
b0023047_03492996.jpg

絹干神社
祭 神 機織姫命(はたおりひめおみこと)
 機織姫命は髙御産日神(たかむすひのかみ)の御子,天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の妃(きさき)で,古来から織女神(おりめがみ)として崇(あが)められています。堀河天皇の寛治二年(一〇八八)同区の上日鼻(じょうにちはな)に勧請(かんじょう)し,永享年中(一四二九ー一四四〇)現在地の市井ヶ浦に遷しました。その後,大正九年(一九二〇)に神殿と拝殿を改造しています。
 七月の「御祈祷(ごきとう)」の行事に獅子舞・神相撲を奉納し五穀豊穣(ごこくほうじょう)・子孫繁栄(しそんはんえい)・家内安全(かないあんぜん)・悪疫退散(あくえきたいさん),を祈願して田植の終わった時期に行われてきました。神相撲は笛・太鼓・鐘のはやしに併せ,神主姿(かんぬしすがた)のオギョウ(行司)のさしずと気合いで,①肩車(かたぐるま)返し,②腰(こし)ひねり,③手動(しゅとう)返し,④背(せな)落とし,⑤股車(またぐるま)返し,⑥逆立(さかだ)ち,の六つの型(かた)が行われます これは,お伊勢参りの人たちが,上方(かみがた)で習ってきたと伝えられています。
 例祭日は,⑩月二十八日,九日です。
 境内には珍しいコバンモチ(ホルトノキ科)の巨樹(きょじゅ)が数本あり,県内では貴重な樹木です。
社前掲示板

b0023047_03541030.jpg
b0023047_03542329.jpg
b0023047_03542675.jpg
b0023047_03545615.jpg
b0023047_03551973.jpg
b0023047_03552904.jpg
b0023047_03560694.jpg
b0023047_03560995.jpg
b0023047_03562748.jpg
b0023047_03563219.jpg
b0023047_03564226.jpg
b0023047_03570614.jpg
b0023047_03571785.jpg

村社 絹干神社 鞍手郡小竹町大字新多字市井ヶ浦
祭 神
 機織姫命
由 緒
古来よりの鎮座にして創立年月日不詳正徳元年辛卯秋當社より西に大松の二樹ある所に遷す其後永享年中當所に遷す明治五年十一月三日村社に被定
例祭日
 九月二十八日より翌二十九日迄
神饌幣帛料供進指定
 大正参年月七日
主なる建造物
 神殿,弊殿,社務所
境内坪数
 千三百二十坪
氏子区域及戸数
 二百六十戸
境内神社
 須賀神社(神武天皇)


b0023047_04000573.jpg
b0023047_04001446.jpg
b0023047_04002029.jpg
b0023047_04003177.jpg
b0023047_04003766.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県鞍手郡小竹町
February 21,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-03-08 04:04 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 02日

大山祇神社 福岡県飯塚市筑穂元吉

飯塚市筑穂元吉
おそらく,旧大分村
b0023047_04290823.jpg
b0023047_04291905.jpg
b0023047_04293111.jpg
b0023047_04293414.jpg
b0023047_04294870.jpg
大山祇神社
b0023047_04300404.jpg
福岡県神社誌で調べたがよく分からず,参考までに旧大分村の大山祇神社を記します。


福岡県神社誌 上巻
村社 大山祇神社 嘉穂郡大分村大字内住字大野 木花咲耶姫命
村社 大山祇神社 嘉穂郡大分村大字内住字猪子坂 木花咲耶姫命 武内宿禰 菅原大神
村社 大山祇神社 嘉穂郡大分村大字内住字久保山前 木花咲耶姫命 宇賀魂神

福岡県神社誌 下巻
大山祇神社 嘉穂郡大分村大字内住字十郎 木花咲耶姫命


何れも木花咲耶姫命が祀られている。

b0023047_04301548.jpg
b0023047_04301920.jpg
b0023047_04302955.jpg
b0023047_04303416.jpg
b0023047_04342833.jpg
Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県飯塚市筑穂元吉
January 31,2016

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2016-03-02 04:38 | 神社 | Trackback | Comments(0)