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2014年 07月 31日

□入り海の夜明け sanpo

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福津市渡
July 23,2014

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2014-07-31 06:14 | □海 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 31日

久米神社 福岡県糸島市志摩野北

志摩野北。
埴安神社から集落の方へ。
久米集落内の神社。
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久米神社

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御祭神
「久米皇子,志賀海積三柱神,即ち中つ小童,上つ小童,底つ小童これなり。」
糸島郡誌

久米皇子,三綿積命
福岡県神社誌

久米皇子は聖徳太子の弟。
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新羅征伐の為にこの地に滞在するが病に倒れた。
他の興味深い考察もWEBに散見される。
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階段下りた先にあるのが「久米の一つ井」
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彦山

久米神社
 野北村久米にあり。祭神久米皇子,志賀海積三柱神,即ち中つ小童,上つ小童,底つ小童これなり。
野北村南方に川を隔てゝ山あり其地を総て久米と称す。其地に古墳あり俗に久米様と称ふ。山下に御社ありて志賀三神相殿に久米皇子を齋き奉る。社家の伝にいふ此地は皇子薨去の地なりと。
 祭日は旧七月六日,十一月二十日なり。宮崎元胤著久米山稜考あり。
 筑前國志摩郡野北村の南の方に川を隔てて山あり久米の社と称す。祭る所は志賀三神,相殿に久米皇子を斎き奉る。社家の伝に云ふ,此の地は皇子逝去の地也と。毎歳霜月廿日に神祭し奉るに里民等饗宴して是に仕ふること尤も嚴なり。此の御社の近所に一株三幹の古杉あり,俗に久米皇子の御母様の御墓なりしと云ふ。其地広き畠にして古代より是を崇めり。また御社の右方に佛殿あり是を伽羅牟と云ふ(地蔵菩薩を安置せりとぞ,是古の久米寺の旧跡か)。當社の本地なりと云伝へたり。此の所は甚閑静の地にして古昔繁昌の時ぞ偲ばれ侍る。御社の前石階下に清泉あり,是を久米の一ツ井云とふ,尤も清潔なり。また山下西方に谷を隔てて小墳あり此所を地籠と云ふ。これより天保の頃に古鏡刀剣の類をも掘出せし由を伝う。また戌亥(北西)の方に中局と云ふ所にも石櫃の埋ありて顯にも窺れ侍る由なり。己元胤の畏も考へ侍に卅四代推古天皇の御紀に十年壬戍來目の皇子云云とあり。船舶を集めとあれば,此時海上安全の為に志賀三神を斎ひ賜ひしにも有べし。偖この郡の久米郷の名は和妙抄,また式及元亮二年の民部省圖帳等に見れて今の岐志村芥屋村西貝塚等の諸村を云へり(後年此説を改めて芥屋は鶏永郷,貝塚は鶏永塚にして久米郷に含ますと改正せり。)扨神部を帥ひ賜ひしは專らとは天津神國津神また海原の諸神等を祭崇め賜ふ為なるらめ。
 因に云ふ。志摩郡船越の津の戌亥の方に三韓に向ふ淨地の濱地あり(其地広大なり),其所を齋と云ふ。(神代と云ふも其近にあり)。古昔神齋の跡と云ふ。毎歳八月朔日には此村の少年等産土神の社内に集りて陳道と称して東西に立分れ,古門を守り式を為す事于今絶ず。此は古老の伝に昔皇后の諸神を祭り賜ひし旧跡と云ふも,竊に考れは神后は本よりにて此皇子も神部をして祭り賜ひしならむか。
 扨て此皇子は用明天皇の御子におはして坐て上宮の廐豊聽耳命の御弟に坐せり。御母は庶妹間人穴太部王(ハシヒトハナホヘミヤ)に坐り。此の皇子重き御身ながら此筑紫の島のはてなる荒波寄る鄙までも玉體を厭ひ賜はず,新羅降伏の為に出御,遠き海原を頓て渡り賜むとして其の事果し賜はなとする程に御病に臥て此里にしも春の霞と惜此世を立去ましぬるは,昔を偲び奉上ると記れたり。時に父天皇是を聞し召して大いに驚たまひ,皇太子及び蘇我大臣を招して曰く,新羅を征賜ふ大将軍來目の皇子其大事に臨まし未遂して薨ぬ。大に悲み賜ふと有るは此の皇子の御上のこと御悼く思召になも。依りて其御屍を周芳國なる娑婆に殯し賜ふ。後にまた河内なる埴生山の岡に葬ふ由を記され侍る。然れば志摩郡の久米の里なる陵墓は御屍の納り賜ぶには坐ねど,當昔暫し殯し奉りし旧跡なれば,玉體に餝賜しお手習の物等をも納め奉りて後葉の印とし賜しにも有べし。然れば假初の御奥に坐て如斯形ばかり此の地に遺し有ぞ彌よ尊く覚ゆ。
 今此の地の久米の社の祭禮霜月廿日には毎歳神座をなし奉る時の軸物ありて,行弘正貞翁が皇子の尊號を懇に記し残せり。然れば此翁も皇子の陵墓は此地と諚定めてや有けん。其は兎まれ新羅に向ふ絶景の浄地にして旧跡なるは本よりにて,久米の郷名も古書に残りて,彼の皇子此の部に屯し賜ひ,息子薨賜ひし地なれば,總て此邊を久米とは称し侍るにや。其の地に久米樣と俗にも云ひ伝ふる所の陵墓さへ御座せは,己れは先此の地ぞ皇子薨去の地にして且つ殯し奉りし所なりとは思ひ訣め侍るになも。詣て奉らば誰人か當昔の事とも偲はさるへき。あはれ此の事よ。嚴矛の中取もちていとも畏き御邊に聞え奉らん人もかな。(中略)久米の王と白す御名は御乳母の姓に寄て云るが,姓氏録久米ノ朝臣久米ノ臣久米ノ王之後也。また姓氏録に登美直人出レ自ニ謚用明ノ皇子春日ノ王他とある。春日王を一本には來目ノ王とあり。此れは來目を春日と寫し誤れるか。また埴生(はふ)は河内の丹比の郡にあり(此志摩の郡の内にも埴生を氏とする人有り)。本郡久米郷は必ず此の皇子の屯し賜し地より云ふか。猶登美眞人の事は續記四十に見ゆ。暫く記して此陵の事を世に顯し白すなも。
   明治四辛未年九月九日 宮  崎  元  胤謹記
       追   考
 久米に坐す志賀の神祠をしも俗に加羅宮と傳る由なるは此の地に戒藏庵と云ふ小佛堂も侍るにて能く思慮するに,當昔佛法興隆の御世にしも侍れは,久米皇子の菩提の為に造立し給ひし繁昌の加羅牟なりしかば,遂には御社もなきが如く衰まして寺のみ繁へ海藏院とか何とか称し侍りしか,今將世と共に佛殿も衰侍りて,形ばかりの小庵となり侍るにや。斯る本来の違る例は世に多き事ともなり。久米の社は加羅宮をこそ云へなどと云ふ人も有と聞へければ,因に聊か思ふ旨を記し侍るになも。
大正三年久米星原附近の畑を開墾の際数多の土器及銅矛を発掘せりといふ。

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久米皇子の墓


久米神社 久米皇子,三綿積命 野北村大字野北字久米

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福岡県糸島市志摩野北
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-31 05:04 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 30日

□入り海の朝 福津市渡

5:22
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福津市渡
July 15,2014

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2014-07-30 06:26 | □海 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 30日

埴安神社 福岡県糸島市志摩野北

志摩野北。
須賀神社から桜井川越えて南へ。
静かな田園地帯。
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埴安神社
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御祭神
埴安彦命 埴安姫命
糸島郡誌

埴安命
福岡県神社誌

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福岡県糸島市志摩野北
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-30 03:36 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 29日

須賀神社 福岡県糸島市志摩野北

志摩野北。
桜井川が海に注ぎ込む手前。
集落と田園の間。
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須賀神社。
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銘は見あたらなかった。
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御祭神
素盞嗚尊,櫛稲田姫命,大己貴命,事代主命,五十猛命,一言主命
糸島郡誌

神速素佐男命,櫛稲田姫命,大己貴命,少彦名命,五十猛命,事代主命
福岡県神社誌

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天滿宮
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八幡宮
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神輿庫だろうか,右は神馬舎
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松尾神社
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西,海を向いた参道。
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北の鳥居,向こうは彦山。

村社須賀神社
野北村字立屋敷にあり。産土神なり。
祭神素盞嗚尊,櫛稲田姫命,大己貴命,事代主命,五十猛命,一言主命の六座なり。
祭祀は旧六月十三日十四日,旧九月十九日。
奉仕は菊池氏。社伝に大友氏の家臣阿部鑑宗といふ者此辺を領し天文廿三年甲寅に社を創立す。其後慶長九年庚申黒田長政再建せり。

村社須賀神社 糸島郡野北村大字野北字堅屋敷
祭 神
神速素佐男命,櫛稲田姫命,大己貴命,少彦名命,五十猛命,事代主命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
社説に伝曰,大友氏家臣阿部鑑宗と云ふ者此の辺りを領し,天文二十三年當社建立す。後慶長九年庚申黒田長政再建ありと。
祭礼には流鏑馬神幸ありしが近年流鏑馬は行はれず,神幸には氏子中青年会より数組の獅子頭を奉じ,海中に浴し来たり潮井舁と称する勇壮なる特殊神事を行ふ。
例祭日
八月十四日
神饌幣帛料供進指定
昭和九年五月二十六日
主なる建造物
神殿,弊殿,拝殿,神輿社,御炊舎
境内坪数
官有第一種神地 六百九十九坪
氏子区域及戸数
野北村,戸数三百四十六戸
境内神社
松尾神社(大山咋命)
稲荷神社(倉稲魂命)
八幡宮(誉田別天皇)
天滿宮(菅原神)
摂社
埴安神社(埴安命)
恵比須神社(事代主命)
志賀神社(表綿積命,中綿積命,底綿積命)
猿田神社(猿田彦命)

二の鳥居:昭和三年三月吉辰

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福岡県糸島市志摩野北
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-29 04:08 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 29日

■朝焼け

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福津市渡
July 10,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-29 03:15 | ■空 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 28日

日子神社 福岡県糸島市志摩野北

志摩野北。
彦山中腹を巻く道。
地理院地図では山頂に神社マーク。
ところが別荘地になっていて入られない。
ぐるっと回って西側。
海を見下ろす絶景。
山頂への道,こちらも塞がれていた。
あきらめてさらに回り下って南側。
集落の中へ。
少し西に入って,北へ上る。
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日子神社。
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糸島郡誌には「日子山神社 彦山山頂にあり」と。

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福岡県神社誌には「日子神社」「大字野北字京塚」
山頂の神社が移されたのだろうか。
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御祭神,天忍穂耳尊,伊弉諾,伊弉册尊。

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日子山神社
野北村彦山山頂にあり。
祭神天忍穂耳尊,伊弉諾,伊弉册尊。
祭日旧二月十五日。

日子神社 天忍穂耳命,伊弉諾命,伊弉册命 野北村大字野北字京塚



福岡県糸島市志摩野北
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-28 03:49 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 27日

古保田神社 福岡県糸島市志摩野北

桜井の浦姫神社から桜井神社前を通って大口。
志摩シーサイドCC方面へ。
CC前から大葉山を縫う道。
途中で南へ曲がり,ぐるっと曲がって北への道。
短い暗渠を抜けると畑。
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その先に社叢。
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大葉山。
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古保田神社。
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糸島郡誌,福岡県神社誌どちらにも記載がない。
合併による改称だろうか。
WEBでも所在地しか分からなかった。
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梅の紋,御祭神は菅原道真だろうか。
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石組みの上の本殿。
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背面。
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福岡県糸島市志摩野北
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-27 05:00 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 26日

浦姫神社 福岡県糸島市志摩桜井

6月1日,再び糸島へ。
今宿から今津,唐泊,西の浦そして二見浦。
そこから南の山間へ。
峠を越え,下り道。
やがて集落の中へ。
「浦姫神社」「浦姫宮」が並ぶように地図にある。
が,見あたらない。
一度通り過ぎて戻る。
駐車場みつけ,止める。
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何だかいつか見た景色。
あ,あの「浦姫神社」やん。
2年前に来た所。
反対から来たので分からなかった。
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浦姫神社。
1610年,桜井の古墳が大雨で開き,神霊が顕現した。
そのお告げを人々に伝えた神女「のりくら」。
後に「浦比賣大神」として祀られた。

浦姫伝説
 慶長十五年(西暦一六一〇年)のことです。糸島一帯が大暴風雨に襲われたとき桜井の三郎畑という小高い丘に大きな岩屋ができました。
 これを見ようと村人が大勢集まりました,その中の山伏が「神様の岩屋だから,人は出入りしてはならない」と厳かにいうと,人々は跪き拝むのでした。その人達の中に浦新左衛門毎治の妻女がいました。
 その夜妻女が眠りについていると,夢の中にその岩屋が現れ,その中に運ばれていきました。奥深いところで神々のお姿にふれ伏し拝みますとキラキラと輝く小石が飛んできて,顔に当たりました。夢から覚めた妻女は神のお告げのもと,五年の辛い修業を行い,正確な予言をするようになりました。その後,浦姫様と呼ばれ,評判は福岡の黒田忠之公にまで届きました。忠之公は,審議を確かめるため使者を遣わしましたが,「私には人の心など物事すべてがわかるのです」といって,使者の浦姫への疑念や城を出るときの様子などを,見透かしたように言い当てたのです。
 敬服した使者が福岡に戻り,忠之公に事の始終を報告しますと,忠之公はすっかり感心されました。その後黒田藩にお家騒動が起こり,幕府から呼び出されることになりました。忠之公は家老を江戸へ上らせたものの不安でならず,浦姫のもとへお忍びで行かれました。江戸の成り行きを尋ねますと,浦姫は庭にある榎の大木に登り,江戸の方を見つめ一心に思いを凝らします。しばらくすると,浦姫の心に江戸城の裁きの様子が映り,家老の明快な返答ぶりを教えてくれました。
 忠之公は,その信じられないような能力に驚かれ,後に浦姫の話が事実と少しも違わないことを知るとその信頼は益々深まり,難しい事が起こる度に相談されたということです。
 浦姫が登ったといわれる榎は枯れてしまいましたが,その古株から芽を出した若木は浦姫の生まれ変わりだと,長く言い伝えられてきました。
資料 郷土のものがたり 福岡県発行
   糸島伝説集 糸島新聞社発行
社前掲示由緒板

神霊の顕現,神女或いは巫女の有り様等,古代の祭祀も想像されてとても興味深い。

糸島郡誌,福岡県神社誌の桜井神社の由緒にさらに詳しく記されていますが,
膨大な量なので,リンクだけ貼ります。

桜井神社:糸島郡誌 福岡県神社誌 櫻井神社公式HPFacebook 空 sora そら

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浦姫神社
櫻井村字浦にあり神女の居住せられし岩松の城屋敷の址なり。
祭神は浦姫大神にして,祭日は十二月二日(神女の命日)なり。
浦姓の子孫及び旧社家の子孫より年々祭事を務め来たれり。其家に元禄二年に記述せる縁起一巻あり,神女の曾孫毎昭の書なり。

糸島郡誌 筑前國志摩郡與止姫神祠縁起上

浦姫神社 浦姫命 櫻井村大字櫻井字浦

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もう一つの浦姫宮へ。
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行って見ると民家の庭の中だった。
社家なのだろうか。
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古墳は「岩戸宮」として桜井神社で祀られている。

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県糸島市志摩桜井
June 1,2014

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by sora07jp2000 | 2014-07-26 04:43 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 25日

■宮地浜の虹

日の出すぐ,大きな大きな虹が立った。
宮地浜へ急ぐ。
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すでに弧は消え始めていた。
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福津市宮地浜
July 9,2014

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2014-07-25 05:41 | ■空 | Trackback | Comments(0)