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2014年 05月 30日

熊野神社 福岡県福岡市西区今津

天気よし。
二日続けて糸島へ。
今度は今宿から橋渡って今津。
糸島郡誌の地図では未だ橋が描かれていない。
そのころは半島の東端だった。
浜崎の漁村,浜崎山の裾野。
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熊野神社。
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境内社だろうか,恵比須神社。
鳥居は大正元年。
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熊野神社の鳥居,こちらは明治42年のもの。
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ムクノキの根本に盤座。
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右もムクノキ。
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斜面にもムクノキ。
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お稲荷さん。
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御祭神,伊弉那美尊,速玉男命,事解男命。
紀伊熊野からの勧請。
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社殿周りは狭い。
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こちらもお稲荷さん。
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盤座。
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ムクノキ。
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同じ樹,繋いでみた。
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こちらはエノキ。


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横浜の今山に向いている。
そこには同じく熊野神社がある。


(深江村)(糸島郡今津村)
熊野神社
今津村濱崎にあり。此所の産神なり。紀伊国の本社より迎へ祭れるものなり。
祭神伊弉那美尊,速玉男命,事解男命。祭日十月二十五日。

熊野神社 伊弉那美命,速玉男命,事解男命 今津村大字今津字濱崎山

恵比須神社鳥居:大正元年
熊野神社鳥居:明治四十二年
灯籠:平成五年



空 sora そら:熊野神社 福岡市西区横浜
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福岡県福岡市西区今津
May 05,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-30 04:49 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 29日

淀川天神社 福岡県糸島市二丈深江


福永神社から西へ。
202号に入って深江駅前過ぎて南へ。
今宿バイパスくぐって山裾の集落。
その一番奥。
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淀川天神社。
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御祭神,天滿天神。
糸島郡誌

玉依比賣神 菅原神
福岡県神社誌

この神社の鳥居は全体的に小さいですが、柱が太く積み上げ式になっています。また貫とか島木笠木などの上部が組み合わせになっている珍しい鳥居です。石材も花崗岩なのか安山岩なのか判別がつかず、江戸期のかなり古い鳥居と見受けられます。おそらく、山口、瀬戸内圏域で作られた鳥居を船に載せて運び、この神社で組み立てられてたものと思われます。大変興味深い鳥居です

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額,よく読み取れない。
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境内北側,淀川。
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本殿は全く見えない。
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真っ直ぐ,鎮懐石神社の方角。

(深江村)
淀川天神社
大字深江淀川にあり。
祭神天滿天神。
祭日九月二十五日。
此社もと豪族和田新右衛門の宅地に祀りしものといふ,此社の庭内に一抱以上の巨巖あり。後に榊一本あり。秋八月朔日風止の祈願を此社に於て執行す。祭る所は二條山上の菊理姫神なり。終わつて此石と榊に異様の標縄を掛けて祭る,里人之を風の神と稱す。又此社に正月廿五日百手と稱し古昔射的の遺習存す。生木を以て弓を作り,ツルノ木の葉を以て矢羽矢とし,老幼参習して競的し,終わりて食膳に就く。本膳五菜の客膳芹を以て多く料理し多食を競ふ。古俗を傳えて面白し。

天滿宮
玉依比賣命,菅原神 深江村大字深江字淀川

巨岩には気づかなかった。

大食いの風習は「百々手祭り」として現在も受け継がれていて動画なども多く見られる。
神功皇后が「百手射的(ももてのまとい)」の神事を,産宮神社で奉納している。




福岡県糸島市二丈深江
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-29 04:45 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 27日

福永神社 福岡県糸島市二丈深江

十六天神社から広大な耕作地の中の農道を西へ。
干拓により造られた農地。
その開拓の為に移り住んだ人々。
祭神もまた,遷される。
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福永神社。

福永神社由緒
鎮座地
二丈町大字深江字福永一番地
祭 神
大国主神 須勢理毘賣神
例 祭
五月一日
由 緒
天保十年(一八三九)四月に塩屋町に居住の時の氏神 大国主神を遷座し鎮守とした
大黒様と称え尊崇されている神様で 分社は全国に約八百六十余社とも言われる 大黒様は「天の下造らしし大神」とも申し上げるように国土を開拓され 国作り村作りに尽力され 農耕漁業をすすめて人々の生活の基礎を固め 殖産の法を教えられた
また医薬の道をお始めになって人々の病苦をお救いになるなど 多くのご神徳がある
また 福の神 縁結びの神様としても知られる
須勢理毘賣神は大国主神の□として□力された神様である
社前掲示由緒

福永神社 大國主神,須勢理姫命 深江村大字深江字福永

鳥居:明治三十四年

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境内北側。
ここは昔入り海だったのだろう。
そしてその向こうに連なる山,その向こうは海,西も海。
いわゆるフラクタクル地形で,似たような所は多いのだろうが…
津屋崎や出雲の地形と,とても似ている。
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東側。
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南側。深い山々がずっと連なっている。

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県糸島市二丈深江
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-27 05:24 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 26日

十六天神社 (天満宮) 福岡県糸島市二丈武

田中の熊野神社から572号を南へ。
東左手に小山その裾野の集落の中へ。
えらく細い道,神社裏手に出てしまう。
ぐるっと回る。
何のことはない,572号から真っ直ぐに入った所にあった。
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十六天神社。
Googleの地図もゼンリンのも「天滿宮」。
糸島郡誌,福岡県神社誌ともに一貴山村大字武にあるのは十六天神社だけ。
地図は一の鳥居の額をそのまま記載していると思う。
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明治26年の灯籠。
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右端の灯籠に銘。
「二丈村武 現住 福岡市日吉町 高島駒吉 石工 國廣石峯」
年月は分からなかった。
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額は「天滿宮」。
「天明八戊申年四月吉日(1788年)」の銘。
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楠,二本の木が融合している。
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参籠所。
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「加布里 石工 富永乙吉 大正六年 十月吉日」
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木板には「天満宮」
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御祭神,武瓊々杵尊,伊弉諾尊,伊弉册尊,菅原神。

額も天満宮。
写真では分からないが,額左の板に十六天の文字が読み取れる。
扉が半分しか開いてなかったので上がるのは遠慮した。

御祭神の由緒からすれば,菅原神は後の合祀のはず。
天神信仰が広まったのだろう。
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先代さん。
銘等は分からなかった。
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「天滿宮 宝暦十三癸 三月」
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左「法華経一字一石書□(該当文字なし)」
糸島郡誌にも福岡県神社誌にも境内社の記述なし。
他所から移されたものかな。
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おりました「はじめくん」先々代?あるいは他所から?。
初期の狛犬だろうが,とっても味があって好き。

この神社の狛犬は厳島神社狛犬と同系です。ただ、様々な要素を取り入れた当地独自の狛犬といえましょう。石質は判断つかねますが、安山岩か固い凝灰質砂岩製狛犬に見えます。玉を踏んだり阿形の口の中に玉を作ったり、萩狛犬の要素が見えますが、萩は黒っぽい安山岩で、台座が大きく松竹梅などが大きく彫られています。当地の石工さんが様々な要素を取り入れて作られた独自狛犬です。逆立ち狛犬のある灯籠は猫足台座でこれも凝灰質砂岩製若しくは安山岩製に見えます。猫足台座は瀬戸内圏域に見られる台座です。山口との関わりが考えられます。この神社の鳥居も灯籠も江戸期古い年号が見受けられます。本殿脇の狛犬は宝暦の灯籠と同じく安山岩か凝灰質砂岩製の狛犬ですが、年号的に灯籠と同じとすれば、九州でもかなり古い狛犬の一つとなります。最後の狛犬、このように足元を奥まで彫りこまない狛犬は、~享保年間の古いタイプの狛犬のようです。いずれにしても、当地独自の狛犬であり、地域の他の狛犬と比較してみると大変な事実が分かるかもしれませ。大切に保存されることを切に願います。

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南側の眺め。
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西側,昔は海が迫っていたのだろう。


(一貴山村)
村社十六天神社
大字武字武に在り。
祭神諾册二尊,瓊々杵尊,相殿菅公。
祭日九月十六日。

村社十六天神社 糸島郡一貴山村大字武字南武
祭 神
瓊々杵尊,伊弉諾尊,伊弉册尊,菅原神
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
九月十五日,十六日
主なる建造物
神殿,神殿上屋,弊殿,拝殿,参籠所
境内坪数
三百八十七坪
氏子区域及戸数
一貴山村大字武区 五十戸

灯籠A:明治廿六年癸巳四月建設
灯籠B:二丈村武 現住 福岡市日吉町 高島駒吉 石工 國廣石峯
鳥居A:天明八戊申年四月吉日 (1788年)
狛犬A:加布里 石工 富永乙吉 大正六年 十月吉日
灯籠C(弊殿右):宝暦十三癸 三月 (1763年)

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県糸島市二丈武
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-26 05:39 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 25日

熊野神社 福岡県糸島市二丈田中


諏訪神社から西へ250m。
古くからの集落の中の道。
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熊野神社。
道が細く,引きがないのでPhotomergeしました。
それでも木が入りきらないので,縦にもmerge。
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由緒の碑があったが,この社そのものについてはあまり書かれていなかった。
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角度が悪く足が見えないが八咫烏だろう。
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狛犬。
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角がある。
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基石は大正のものだが,狛犬は分からない。
かなり古そう。

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こちらは願主の名しか無かった。

花崗岩製で阿吽の区別のつかず、ただし角のある方が吽形ではないかと思います。この狛犬は足元が彫り込まれておらず、石工の道具で対応できなかったことを考えると十六天神社と同様、江戸期中期を下回ることはなく、かなり古い狛犬といえましょう。阿形口玉、吽形玉踏みは安山岩若しくは凝灰質砂岩製の当地独自の狛犬といえます!

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御祭神
伊弉册尊 速玉之男命 事解之男命

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熊野神社由緒
鎮座地 二丈町大字田中字田中四百十四番地
祭 神 伊弉册尊 速玉之男命 事解之男命
例 祭 九月十九日
由 緒 明治五年(一八七二)十一月三日村社に定められ昭和十二年(一九三七)二月二十四日神饌幣帛料供進指定神社になる
 昔山越に祀っていたが 明治二十四年(一八九一)一月一九日現在地に御遷座した 伊弉册尊は元官幣中社熊野那智大社の主祭神 速玉之男命は元官幣大社熊野速玉大社の主祭神で事解之男命は元官幣大社熊野本宮大社の御祭神である
 熊野に鎮座の三社が熊野神社の総本山で 全国の御分社は五千社以上とも言われており 田中の熊野神社も熊野から勧請されたと伝えられていている
 伊弉册尊 早玉之男命(伊弉諾尊)は日本の国々をはじめ いろんなものを生成化育された神として知られる 事解之男命は祓いの神であり 物の道理を解き明かし道筋を正す神として知られる
 熊野の地をこの世の極楽浄土とする信仰が全国的に広がり「蟻の熊野詣で」と言われる程参拝者が多かったという
境内掲示由緒石碑

(一貴山村)
村社熊野神社
大字田中字田中にあり。
祭神伊弉諾尊,伊弉册尊,事解之男命。
祭日十月十九日。

村社熊野神社 糸島郡一貴山村大字田中字田中
祭 神
伊弉册命,速玉男命,事解男命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
明治二十四年一月同村山越より移転す。
例祭日
九月十九日
神饌幣帛料供進指定
昭和十二年二月二十四日
主なる建造物
神殿,弊殿,拝殿
境内坪数
二百四十七坪
氏子区域及戸数
大字田中全部 五十戸
境内神社
八幡八幡宮(誉田別天皇,息長足姫命,玉依比賣命)

狛犬A基石:基石 大正大□(典?)記念

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福岡県糸島市二丈田中
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-25 05:30 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 25日

諏訪神社 福岡県糸島市二丈田中

西宮神社から200m程南。
銚子塚古墳の西。
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通りに面した鳥居。
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御祭神,建御名方命,埴安命。
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毒蛇が多いので肥前の諏訪神社を勧請した。
糸島郡誌
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毒蛇と何の関係があるんやろ?
肥前(唐津)の諏訪神社をWikipedia.jaで調べてみた。

創建:延喜3年(784年)
御祭神:建御名方神 八坂刀売神 諏訪前命

諏訪前命に関しての由緒

 百済から誓来という鷹使いが大和朝廷に鷹を献上するため渡来すると、朝廷からは大矢田連の娘である諏訪姫がこの鷹を受け取るため浜崎まで遣わされ、鷹狩の技術を学ぶこととなった。2人は恋愛関係となったが誓来は帰国することとなり、その際に行われた鷹狩で鷹がマムシに絞め殺されてしまった。これを嘆き諏訪姫は自害したため、これを悼み諏訪姫は諏訪神社に祀られることとなった。
 このことから、諏訪神社の砂にはマムシ除けのご利益があるとされる。
諏訪神社(唐津市)Wikipedia.ja

なるほど。
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(一貴山村)
諏訪神社
大字田中にあり。
祭神建御名方命,埴安命。
祭日旧三月十五日。
此地毒蛇多きを以て凡百二十年前肥前濱崎より勧請せり。

諏訪神社
建御名方命,埴安命 一貴山村大字田中字田中

注連柱:大正十一年五月
諏訪神社(唐津市):
Wikipedia.ja

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県糸島市二丈田中
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-25 05:03 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 24日

西宮神社 福岡県糸島市神在

加布里の牧のうどん本店で昼食。
赤阪の交差点から572号を南へ。
道路に面した一段高いところに鎮座。
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西宮神社。
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元和六年,1620年の勧請。
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(加布里村)
村社西宮神社
大字岩本字西にあり。
祭神大國主命,事代主命。
祭日十一月二十日。
元和五年申午丁巳寺澤志摩守此村を開拓し,同六年庚申創建す。
糸島郡誌

村社西宮神社 糸島郡前原町大字岩本字西
祭 神
蛭子命,大國主命,事代主命,市杵島姫命
由 緒
創建元和三年唐津城主寺澤志摩守此村開発の上村中鎮守となす同六年勧請と云伝ふ,貞享四年卯年本殿を再建又享保元年本殿を再建す,宝暦八戊寅十月神殿再建又文化六己十一月再建,明治五年十一月三日村社に定めらる。
祭神市杵島姫命は千早新田字茂り田に村社厳島神社として祭祀ありしを昭和六年七月六日許可を得て合祀。
例祭日
十一月二十日
主なる建造物
神殿,渡殿,拝殿
境内坪数
百二十二坪
氏子区域及戸数
前原町十字岩本,千早 五十戸
福岡県神社誌 中巻

元和六年=1620年

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福岡県糸島市神在
May 03,2014

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by sora07jp2000 | 2014-05-24 04:34 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 24日

◆夷巍寺 仁王門 福岡県糸島市二丈一貴山

大楠の前にある仁王門。
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夷巍寺 仁王門
一貴山の集落の入口にあたるこの門は,怡土七ケ寺のひとつに数えられる夷巍寺(いきじ)の門と言い伝えられる。夷巍寺とは,清賀上人(せいがしょうにん)が聖武天皇の勅命を受けて建立した寺であり,12もの僧房を持つ寺領は糸島随一と言われている。
 現在の仁王門については,宝永五年(1708年)にこの地に建立され,弘化三年(1846年)に再建された事が記録により判明しているが,門内にある像高3mを誇る阿形,吽形の金剛力士像は,素朴かつ豪快な作風により,室町時代の作と考えられている。 町指定文化財。
 仁王門から北東へ2〜3分歩くと大田神社がある。
門前掲示由緒

仁王門の由来
今を去る千二百六十余年 神亀元年(西暦七二四年)頃 此の地に聖武天皇の勅命を請けて清賀上人により建立された夷巍寺が所在した。
 怡土七ヶ寺(仙如寺 霊鷲寺 金剛寺 小倉寺 楠田寺 夷巍寺 久安寺)随一と言われた
 南北朝時代一貴山の合戦により夷巍寺は相当の被害をうけ廃寺となる 現在民家の南側は寺跡と思われる石垣が残っている
 仁王門は夷巍寺境内の入口であったことが知られるが 建物は謹製に改築されており門内左右に身丈三米の仁王像が安置されている 作風は新しいとされるがこの威容雄健な姿にあやかってわらじを奉納して健康を祈る風習がある
  昭和六十年十二月
   二丈町教育委員会
門内掲示由緒


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門くぐって,南の山並み。



福岡県糸島市二丈一貴山
May 03,2014

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2014-05-24 03:56 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 24日

大田神社 福岡県糸島市二丈一貴山

大楠から少し下る。
大田神社へ。
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山へと誘う注連縄。
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大岩。
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団扇尾,角,垂れ耳。
浪速型。
銘は見あたらず。
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御祭神,大田命,猿田彦命。
大田命は猿田彦の後裔にあたるのだそう。

その昔,神功皇后が天目一箇神という山の鍛冶の神を祀ったという。
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神殿上屋。
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様々な意匠が見られる神殿。
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神殿奥の巨岩。
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大田神社(旧村社)
鎮座地 二丈町大字一貴山一千十六番地
祭 神 大田命 猿田彦命
例祭日 十月十七日
境内神社 愛宕神社
祭 神 火産靈命,伊邪那美命
由 緒 猿田彦命は伊勢神宮の内宮近くに鎮座の猿田彦神社総本社の主祭神である 天孫降臨の時に道案内をされた神様で 導き 開運の神として知られる 大田命は 猿田彦命の後裔に当たる神様で 内宮のこ鎮座に大きな功績を残された
大同二年(八〇七)に書かれた古語拾遺という古い本に「天目一箇命 筑紫伊勢両国忌部の祖なり」とある 筑紫の祭地がわらならかったが 一貴山に祭る神ではないかと言われている
明治初年に福岡県が編纂した 怡土志摩地理全誌に その昔神功皇后がここに天目一箇神という山の鍛冶の神を祭られたという
宝永六年(一七〇九)に福岡藩の命を受け 儒者であり博物学者であった柏原益軒がまとめた筑前国続風土記に 一貴山の一貴とは「一箇」ではないかと書いている
このように昔の書物に一貴山のことが記されており古い歴史の重みを感じさせるものがある
愛宕神社は火伏の神様で福岡市姪浜の愛宕神社から勧請された
拝殿掲示由緒

村社大田神社
大字一貴山字大佛に在り。祭神大田命,猿田彦命。祭日十月十八日。社は南に向かへり。大田山の東半腹にあり。社地は狹隘なれども楠椎の古木欝蓊として古色を帯ぶ。社の背後に大石あり。
糸島郡誌

村社 大田神社 糸島郡一貴山村大字一貴山字大佛
祭 神
大田命,猿田彦命
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
十月十八日
神饌幣帛料供進指定
昭和三年十月二十三日
主なる建造物
神殿,神殿上屋,弊殿,社務所,鳥居
境内坪数
六百七十二坪
氏子区域及戸数
一貴山村大字一貴山 五十戸
境内神社
愛宕神社(火産靈命,伊弉册命)
福岡県神社誌 中巻

一の鳥居:寛政六年=1794年
二の鳥居:昭和二年

Panoramio 石津安信:Explorer



福岡県糸島市二丈一貴山
May 03,2014

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2014-05-24 03:33 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 24日

◆大楠 福岡県糸島市二丈一貴山 

神社探して一貴山川遡る。
山懐の集落。
進路に大きな楠が現れる。
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すぐ横を流れる川。
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探したが,説明等は見あたらなかった。
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福岡県糸島市二丈一貴山
May 03,2014

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2014-05-24 03:00 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)