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2013年 11月 30日

大和稚宮神社(御旅所坐神社)・歯定神社 奈良県天理市

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天理市へ。
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中山大塚古墳前方部。
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右手が大和稚宮神社,御旅所坐神社とも。
左手は歯定神社。
いずれも大和神社摂社(末社?)
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大和稚宮神社社殿。
御祭神,日本(倭)大国魂大神,八千戈大神,御年大神。
大和神社と同じ。
大国魂大神の母神・伊怒媛が祭神だとする伝承もあるそう。

社殿が傷んでいるからなのか,囲いが。
もう少しどうにかならんのかいな。
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歯定神社。
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御祭神,大己貴神,少彦名神。
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特殊器台の破片も発掘されている。
大和創世期の舞台。

『日本書紀』によれば、元々倭(日本)大国魂神は天照大神とともに大殿に祀られていたが、世の中が乱れ謀反を起こすなどするのは、両神の勢いだと畏れられた。そのため崇神天皇6年、倭大国魂神を皇女渟名城入姫を斎主として祀らせたが、淳名城入姫は髪が落ち体は痩せて祭祀を続けることができなくなった。崇神天皇7年、倭迹迹日百襲媛命が夢で「市磯長尾市をもって、倭大国魂神を祭る主とせば、必ず天下太平ぎなむ」との神託を受けた。また同年11月にも同じようなことが起こり、大倭直の祖・市磯長尾市(いちしのながおち)を祭主として、神地が定められ鎮座・創建された。
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下りる。
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大あくび。

歩く・なら/記紀・万葉で辿る奈良/初期王朝を偲ぶ 巨大古墳の道へ(万葉ルート02

Panoramio 石津安信:航空写真

奈良県天理市中山
November 02,2013

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by sora07jp2000 | 2013-11-30 05:27 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 29日

鏡作麻気神社 奈良県磯城郡田原本町

鏡作坐天照御魂神社から寺川を挟んだ東。
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北からの道。
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鏡作麻気神社。
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鏡を磨いた所だとか。
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境内案内板の写真

田原本歴史遺産 神々を訪ねて

延喜式内社 旧 城下郡 小阪 鏡作麻気神社

祭神 麻比止都称命
 祭神お麻比止都称命 は,日本書紀に「作金者」と記される「天目一箇神」であり,鍛冶に関わる神とされる。この事は,弥生時代,唐古・鍵遺跡で,銅鐸など,金属鋳造技術集団が,古墳時代になり,鏡作部に継承され,この鏡作郷の地で,金属鋳造が行われてきたのであろう。現在,大阪府の東大阪を中心とした小阪・今里・八尾で,金属加工業界が多いが,この金属加工の人々の先祖は,大和の田原本付近だと伝えられ,田原本町にこれら小阪・今里・八尾の地名が共通することと関係するかもしれない。

鏡作麻気神社の建築について

 元「子安大明神」であったが,神仏分離後の明治2年 (1869)社名を変更したと伝えられる。1間社 隅木入り春日造り 銅板葺,千木・勝男付の社である。
 基壇上に建ち,土台を廻し,身舎丸柱,柱上部粽付,大斗,三ッ斗組,向背,柱方柱面取り,柱天端大斗,連三ッ斗組,虹梁,象鼻,中備蟇股,身舎とは海老虹梁で繋ぐ。軒廻り1軒垂木,三方に縁を設け,背面に脇障子,跳高欄,昇高欄,宝珠柱付,木階9級,正面中央には,格子戸両開きの建具を用い,他面は板壁である。拝殿奥の一段高い所に建築されているが,隅木入り社殿は珍しく,全体に成りの高い社殿で,明治頃の建設かも知れない。

文 田原本町文化財
  保護審議委員会
  会長 林 清三郎

*上記写真

左 鏡作麻気神社 社殿 右 鏡作麻気神社取調書上帳  小坂村・繪圖 (明治3年・1870)

平成21年度 No.2 田観52 田原本町観光協会

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歩く・なら/記紀・万葉で辿る奈良/太安万侶を輩出した多氏の故郷へ(記紀ルート02

Panoramio 石津安信:航空写真

奈良県磯城郡田原本町小阪
November 02,2013

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2013-11-29 05:36 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 28日

鏡作坐天照国照神社 奈良県磯城郡田原本町

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鏡作坐天照国照神社
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伊勢に移した八咫の鏡の代わりに新たな鏡を鋳造した。
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鏡石。
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鏡池。
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にこやかで親しげ。
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御祭神,天照国照彦火明命,石凝姥命,天児屋根命。
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歩くなら/記紀・万葉で辿る奈良/太安万侶を輩出した多氏の故郷へ(記紀ルート02

Panoramio 石津安信:航空写真 Explorer

奈良県磯城郡田原本町八尾
November 02,2013

NIKON D3S


by sora07jp2000 | 2013-11-28 05:59 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 27日

畝尾都多本神社 哭沢の杜 奈良県橿原市木之本町

奈良文化財研究所の隣。
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畝尾都多本神社。
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拝殿。
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ご神体は井戸。
覆われて見られない。
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祭神は,泣澤女命。
命乞い,水の神。
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八幡宮。
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御祭神,八幡大神,比売大神,息長足比売大神。
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万葉歌碑。

「哭澤(なきさわ)の神社(もり)に御酒(みわ)据ゑ祈祷(いの)れども わご王(おほきみ)は高日知らしぬ」
    哭澤の社に神酒を供え,回復を祈ったけれども,その甲斐なく高市皇子はお亡くなりになった。
*歌碑後ろ説明板

檜隈女王が哭沢神社を恨んだ歌。
天武天皇第一皇子,高市皇子(たけちのみこ)が亡くなった時,柿本人麻呂が詠んだ挽歌への返歌。

高市皇子の母は胸形尼子娘,福岡宗像の豪族,宗形徳善の娘。
子に長屋王
檜隈女王も高市皇子の縁者の可能性。

宗形徳善は福岡福津の宮地嶽神社宮地嶽古墳の被葬者と見られている。
私は違うと思っている。


歩くなら/記紀・万葉で辿る奈良/大和三山に見守られし藤原京へ(万葉ルート03


Panoramio 石津安信:航空写真

奈良県橿原市木ノ本町宮脇
November 02,2013

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2013-11-27 05:10 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 26日

◆向原寺 豊浦宮,豊浦寺跡 難波の池 奈良県高市郡明日香村

向原寺。
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山門。
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本殿。
日本書紀欽明天皇13年(552年)10月条の仏教初伝の記事によれば、この年、百済聖王(聖明王)から献上された仏像を、蘇我稲目が小墾田の家に安置し、その後向原の家を浄(きよ)め捨(から)ひて寺とした。その後、国内に疫病が流行したため、排仏派の物部尾輿中臣鎌子はこれを外国の神である仏像を祀ったことに対する日本の神の怒りであるとして、仏像を難波の堀江に捨て、伽藍を焼き払ってしまった。
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その難波池。
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明和9年(1772年)その頭部が発見されたというから面白い。
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推古天皇の豊浦宮跡に,豊浦寺が建立された。

向原寺:Wikipedia.ja
Panoramio 石津安信:航空写真

奈良県高市郡明日香村大字豊浦
November 02,2013

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by sora07jp2000 | 2013-11-26 03:30 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 26日

◆雷丘 奈良県高市郡明日香村

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雄略天皇に命じられた小子部栖軽(ちいさこべのすがる)が雷神を捕まえた場所。
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北側,天香具山方面。
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東側。
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北東。
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南側は道路はさんで集落。よう見えん。
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東南側。
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雷交差点。交通量多い。
ダンプカーもひっきりなし。
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東の道路側から。

雷丘:歩くなら/記紀万葉で辿る奈良/古代の記憶が眠る飛鳥の里へ(万葉ルート05) Wikipedia.ja

Panoramio 石津安信:航空写真

奈良県高市郡明日香村大字雷
November 02,2013

NIKON D3S

by sora07jp2000 | 2013-11-26 02:27 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 25日

甘樫坐神社 奈良県高市郡明日香村

豊浦の住宅街の奥。
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甘樫坐神社。
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祭神は推古天皇。
となったのは江戸以降。
もとは,八十禍津日神・大禍津日神・神直日神・大直日神だとか。

創建は竹内宿禰。
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立石。
 
「盟神探湯(くがたち)」 Kugatachi,Trial in Ancient Times  
 盟神探湯は裁判の一種として考えられ,煮え湯の入った釜に手を入れ「正しき者にはヤケドなし,偽りし者はヤケドあり」という極めて荒い裁判の方法です。「日本書紀」によれば允恭天皇4年(415)氏姓制度の混乱を正すため,甘樫の神の前に諸氏を会して盟神探湯を行ったと伝えています。  
 現在では毎年4月、境内にある「立石」の前に釜を据え、嘘・偽りを正し、爽やかに暮らしたいという願いを込め、字豊浦・雷大字が氏子となって「盟神探湯神事」として、その形を保存・継承しています。
 「立石」と呼ばれる謎の石はこの豊浦のほか,村内の岡・上居・立部・小原などにも残っています。
境内説明板
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斉明天皇はこの地で,何度か外国人(都貨羅人,粛愼)や降伏した蝦夷を饗応しているのだそう。
今は静かな土地だが,古来はさぞや華やかな場だったのだろう。

甘樫坐神社:Wikipedia.ja
皇極天皇(斉明天皇):Wikipedia.ja

Panoramio 石津安信/甘樫の丘周辺:航空写真

奈良県高市郡明日香村豊浦字寺内
November 02,2013

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2013-11-25 04:36 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 24日

大歳神社 奈良県橿原市

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大歳神社。
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鳥居。
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小高い丘の上。
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拝殿。
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本殿前。
祭神,大歳神・大山咋命。
創建年代,由緒等は不明。
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塀越しに拝めた。
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春日社だそう。

Panoramio 石津安信:航空写真

 奈良県橿原市石川町宮ノ元
November 02,2013

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2013-11-24 04:50 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 24日

久米御縣神社 奈良県橿原市

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久米寺のお隣。
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久米御縣神社。
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本殿はおがめなかった。

高皇産霊命・大来目命(天久米命)・天櫛根命を祀る。

『五郡神社記』では「天櫛根大久米命」で一つの神名としており、『式内社調査報告』では、元は一柱の神であったものが近世に2つに分割して伝えられたものであると考えられるとしている。

大来目命は久米部祖神である。一帯は久米部の居住地であった来目邑であり、その祖神を祀ったものである。 


Panoramio 石津安信:写真

奈良県橿原市久米村
November 02,2013

NIKON D3S


by sora07jp2000 | 2013-11-24 04:26 | 神社 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 24日

◆久米寺 奈良県橿原市

霊禅山 久米寺
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真言宗御室派
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「開基は聖徳太子の弟・来目皇子(くめのみこ)とも久米仙人とも。」
(Wikipedia.ja)
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大塔礎石。
「ヤマト政権で軍事部門を担当していた部民の久米部の氏寺として創建されたとする説が有力。」
(Wikipedia.ja)
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金比羅神社。
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多宝塔,重要文化財。
「万治2年(1659年)京都・仁和寺より移築されたもの」
(Wikipedia.ja)
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本堂。
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観音堂。
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大師堂。
「空海はこの寺の塔において真言宗の根本経典の1つである『大日経』を感得(発見)したとされている。」
(Wikipedia.ja)

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手水の注ぎ口が面白い。

久米寺:仏塔古寺十八尊霊場会 - 第9番 霊禅山 久米寺 Wikipedia.ja

Panoramio 石津安信:Explorer

奈良県橿原市久米町
November 02,2013

NIKON D3S


by sora07jp2000 | 2013-11-24 04:10 | ◆点描 | Trackback | Comments(0)