2016年 11月 09日

那珂八幡宮 福岡県福岡市博多区那珂

b0023047_03132736.jpg
b0023047_03133728.jpg
b0023047_03134120.jpg
b0023047_03134648.jpg
b0023047_03135869.jpg
b0023047_03141915.jpg
b0023047_03142537.jpg
b0023047_03143426.jpg

那珂八幡宮縁起
祭 神
八幡神(誉田別(ホムタワケ)尊=応神天皇)
神功皇后(気長足姫(オキナガタラシヒメ)尊=応神天皇の母)
玉依姫(竈門(カマト)神=神武天皇の母)

八幡神は、欽明天皇三十二年(西暦五七一年)宇佐の御許山(オモトヤマ)に出現し、そのあと菱形山の現在地に祀った宇佐神宮が根本である。
八幡信仰は、天平時代(八世紀半ば)から王城鎮護の神の信仰としてはじまり。鎌倉幕府の開府以後(十二世紀末)からは武神として崇められ、武士団の全国浸透につれて八幡神が各地に勧請(カンジョウ)され、土地の産神(ウブスナガミ)として祀られるようになった。
神社の西麓には元宮と称するところがあるが、那珂八幡宮の祭祀のはじめはわからない。
いま、この祭地は、昭和六十年三月から七月にかけての調査で、全長七十五米、後円部直径約四十七米の、四世紀前半に築かれた九州では最古式の前方後円墳の墳頂にあることが確認された。
福岡平野では最大級といわれる古墳の主体部は、社殿の下にあるため構造は不明であるが、主体部の北側より出土した木棺墓からは青銅製の三角縁神獣鏡一面、硬玉製勾玉(マガタマ)一個、碧玉製管玉二個、ガラス製小玉一個が出土した。
その他の出土物には銅戈(ドウカ)鋳型片(弥生中期)、弥生時代尾土器や鎌倉時代の土師(ハヂ)皿、石鍋などがある。

那珂八幡宮の大祭
春の大祭 四月十五日
秋の大祭 十月十五日
社前掲示版

b0023047_03175307.jpg
b0023047_03175944.jpg
b0023047_03180799.jpg
b0023047_03181704.jpg
b0023047_03183331.jpg
b0023047_03184068.jpg
b0023047_03184720.jpg
武内大神

b0023047_03193705.jpg
b0023047_03194731.jpg
b0023047_03195715.jpg

那珂八幡宮縁起
祭 神
史跡 那珂八幡古墳
市指定 平成4年3月23日
 那珂八幡古墳は、那珂から比恵にかけての広大な台地上にあり福岡平野の前方後円墳の那珂で最も古い古墳である。
 古墳の大きさは推定全長85m、後円部の直径約50m、後円部の高さ15mである。
 後円部の埋葬施設が割竹形木棺(わりたけがたもっかん)であり、その中に埋葬された三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)などの出土遺物から、この古墳は福岡平野の最古の首長墓(4世紀はじめ)と考えられる。

一、許可なくして史跡指定地域内を発掘ならびに破壊しないこと。
二、許可なくして樹木の伐採をしないこと。
三、その他、史跡指定地域内の現状を変更する一切の行為は、文化財保護条例による許可を要します。

みんなの文化財を大切にしましょう。
平成6年3月
福岡市教育委員会
境内掲示版

村社 八幡宮 筑紫郡那珂町大字仲字巣山
祭 神
応神天皇。神功皇后、玉依姫命
由 緒
不詳、明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
十月十五日
神饌幣帛料供進指定
大正三年五月七日
主なる建造物
本殿、渡殿、拝殿、社務所
境内坪数
二百五十五坪
氏子区域及戸数
大字那珂 参百戸

福岡県神社誌 中巻





福岡県福岡市博多区那珂
October 07,2016

NIKON D3S




by sora07jp2000 | 2016-11-09 03:32 | 神社 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://sora07.exblog.jp/tb/26353471
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< ◆熊本県立装飾古墳館      ■朝焼けと虹 >>