2015年 12月 29日

平野神社 福岡県大野城市牛頸

大野城市牛頸
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06022906.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06023414.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06024574.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06025528.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06030700.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06031111.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06031665.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06032226.jpg
平野宮由緒
祭神
 本殿 今木神(いまきのかみ) 久度神(くどのかみ)
    古開神(ふるあきのかみ) 比咩神(ひめのかみ)
 奥宮 大鷦鷯命(おおささぎのみこと)「仁徳天皇」
由緒
正暦二年(九九一年)京都平野神社の御分霊を筑紫の牛頸に勧請鎮祭する。
大竜寺山山頂に奥宮として後に仁徳天皇を奉祀する。
本宮の平野神社は延喜式名神大社二十二社の五位にして官幣大社。
貞応元年(一二二三年)筑紫鎮護の祈祷料として御笠,筵田,志摩,肥前,豊前に社領を勅賜さる。
古代の牛頸は須恵器を伝え作った人々の邑であった。
境内末社 嚴島社「市杵島姫命」天神社「埴安姫命」菩薩堂 忠魂社「牛頸在住の戰死者」
昭和五十六年七月記之
社頭掲示由緒板

村社 平野神社 筑紫郡大野村大字牛頸字平野
祭神
 大鷦鷯尊
由緒
古老の口碑に存するものは,正暦年西國鎮守の爲に勸請したるよし。貞應元年十月十六日祈祷料として筑前肥前豊前國の内にて数百町歩の田畑勅に依り寄附,太宰少貳資賴の執達状等郡観世音寺の什物として有之由,宮居昔兵火の爲焼失したるならん。
明治五年十一月三日村社に定めらる。
例祭日
 舊暦十月十九日
主なる建造物
 本殿,弊殿,拝殿,社務所
氏子区域及戸数
 大字牛頸區 戸数一百二十戸
境内神社
 嚴島神社(市杵島姫命)
 天神社(埴安姫命)
福岡県神社誌

平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06315504.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06320715.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06321637.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06322176.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06323419.jpg
平野神社 福岡県大野城市牛頸_b0023047_06323954.jpg





福岡県大野城市牛頸
November 28,2015

NIKON D3S



by sora07jp2000 | 2015-12-29 06:35 | 神社 | Comments(0)


<< ■夜明け 2015.12.02      ■月と星 2015.11.08 >>