2015年 11月 22日

山田宝満宮 福岡県大野城市山田

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山田 宝満宮縁起
福地通義記
祭神
 玉依姫命
鎮座
 延宝年間(江戸時代前期)西暦一六一三ー一六八〇の間に,旧中村御陵の宝満から分霊勧請し,旧山田村堀■に鎮座。
旧山田村の本村は,御笠の森の周辺にあったが,やはり延宝年間に現在の高地に移った。 御笠の森周辺の地は畑詰や仲嶋地区と同様に,御笠川の増水に基づく洪水になやまされたので,本村を移転したのである。
祭神 玉依姫命の神格
 神代の昔,天照大御神の御孫,□□藝尊(ににぎのみこと)が,高天の原から豊葦原水穂國に天降りして,笠沙のみさきで,木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)に会い,結婚して,海幸彦,山幸彦(彦火々出見尊)をおうみになった。
この山幸彦が,海神(わたつみのかみ)の宮(みや)にいき,海神の娘豊玉姫(とよたまひめ)との間に生まれた神が,鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)である。
 この宝満宮の祭神,玉依姫命は,豊玉姫の妹で,後に鵜葺草葺不合尊のつまとなり,神武天皇をおうみになった。もともと海神に,海水の干満を自由にすることのできる神であったので,その娘,玉依姫命は,宝満山の頂(いただき)に坐して水分神(みくまりのかみ)となり,この地方一帯の水を支配されるので水田耕作農民の守り神となられたのである。

境内社 一堂 天神社
 木彫 御神像一体 天神像なるべし。

境内掲示版

村社 寳滿神社 筑紫郡大野村大字山田字寳松
祭 神
 玉依姫命,神功皇后宮
由 緒
不詳,明治五年十一月三日村社に定めらる。祭神神功皇后宮は同大字々三笠森無格社三笠森神社として祭祀ありしを明治四十四年六月一日合併許可
例祭日
 舊暦九月十九日
主なる建造物
 本殿,拝殿
氏子区域及戸数
 大字山田區 戸数四十戸
境内神社
 天滿神社(菅原大神)

福岡県神社誌 中巻

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福岡県大野城市山田
November 03,2015

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by sora07jp2000 | 2015-11-22 03:26 | 神社 | Trackback | Comments(0)
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